やまびこ+あおば+つばさ
※過去捏造
ガチャリとノックも無しにドアが開けば、帰って来た相方と見慣れない子が一人。落ち着いて頭をフル回転させてみるが、何にも思い当たらない。
「うーんと、誰?その子」
やまびこの裾を掴み後ろに隠れる小さな子。ひょこりとこちらを覗いては、私と目が合うとまた隠れてしまう。
それにしても珍しい色。グレー基調なんて在来線じゃないのだろうか。
「ほら、挨拶」
「……」
「いいよ、無理しなくても」
「あおば!」
「やまびこうるさい」
「私は東北新幹線あおば、隣に居るやまびこと同期だよ」
人見知りなのかもしれない。ならば無理を強いるよりこちらから歩み寄った方がいいだろう。
「…新しく出来た、山形新幹線つばさ」
「山形新幹線…だから初めて見る顔なんだ」
話には聞いていた山形新幹線。福島から山形まで奥羽本線乗り入れらしい。
それにしてもこのカラーリングにするとは、上は随分と思い切ったのかもしれない。それかミニ新幹線という新たな規格に期待を込めたのかもしれない。
「やまびこと一緒に走る」
「そうなの?」
「ただし福島までな」
ぽん、とつばさの頭に手を乗せたやまびこの顔は、私に向けるものとは違う優しい表情。つばさも彼には懐いているのか嬉しそうだった。
それを見て私は何故か置いて行かれたような気がして、正直少し寂しかった。彼はまた、私の先を走って行ってしまう。
「あおば?」
「えっ、あ…ごめん、ぼーっとしちゃって」
「冷めたから珈琲入れ直すな」
「ありがとう」
最初は彼が先に走るのが当たり前だったから気にしなかった。しかしその差が段々と開いていき、しまいには姿すら見えなくなってしまうかもしれない。
私にはそれがただ恐ろしい。
「あおば」
「どうかした?」
「俺、頑張るから」
「…うん」
「だから見てて」
「わかったよ」
小さな背中に人々の大きな期待を背負って走るのは、並大抵の重圧ではない。それはよく知っている。
夢を、希望を、全てを乗せて走るのが私たちだから。
にこりと笑って私の膝の上に乗ったつばさは、やまびこが先に用意してくれたココアを美味しそうに飲んでいた。いつの間にか、懐いてくれたらしい。
「つばさ、やまびこに何かされたらすぐ私に言うんだよ?」
「ん」
「何もなくても、いつでもここにおいで」
「――…それと、やまびこを頼んだよ」
私の目が、手が、声が届く範囲ならばどんな助けにもなろう。でも、私が及ばない範囲の話ならば小さな彼に想いを託そう。
どうか、どうか、私の大切なやまびこが無事にどこまでも走り続けられますように。
カタンとコーヒーカップが音を立て、入れたての珈琲がテーブルの上で湯気を燻らせる。やまびこの心配そうな表情に何でもない、と返したこの顔は、上手く笑えていただろうか。
「うん…約束する、あおば」
「お願いだよ」
「なーに二人でこそこそしてんだ」
「やまびこには教えない」
「内緒だよ」
でも今は、一時でも一瞬でも長く彼とこの子の隣を走れるように、私は在り続けよう。そのための努力なら惜しまないから。
夢幻なんかじゃ終わらせないで、この現実は私のものだから。