気付いた時にはもう、それを身につけていることが当たり前になっていた。
「あ、」
「薬屋っ、貴様此処で死にたいか!?」
「ちょっと待ち?ほんまいややわぁ最近の奴は我慢も出来ひんで」
絡まってしまった。彼が大事にしている数珠に己のクルスが。
何をどうしたらそうなるのか、器用に巻き付いて解ける兆しも見えない。無理引っ張ったりすると両方壊れてしまいそうだ。
「で?」
「…解けへん」
「やはり此処で死ぬか」
「死なへんわ!」
以前一度だけ聞いたことがある。秀吉様に仕える前からずっと、それは大切にしてきたものだと。
わざとではないが、申し訳ないと思うよりもよかったと思ってしまった。
「せやて、下手したら虎のまで壊れかねんで?」
「っ、どうする気だ」
「しゃーないから虎にやるわ」
「は?」
有り難いことに繋ぎ目の金具は巻き込まれておらず、クルスを外すことは可能だった。だからそれを、そのままあげてしまう。
新しくクルスのついたその手を取り、祈るのは異国の神。彼が嫌う、己の信じる神。
「虎に、デウス様の加護がありますように」
顔を上げれば怖い顔してこちらを睨んでいるではないか。でもそれももう見れなくなるかもしれないのかと思えば、何等不快にも感じない。
「もうひとつな、虎にもろて欲しいもんがあんねん」
「聞くだけなら聞いてやる」
どうしてこんなことになったのだろう。これは、友も大切な人も、何も捨てられなかった結果。
しかし間違いだったとは思いたくない。例え、全てを失ったとしても。
「僕が向こうで死んだら、きっと宇土も落ちるやん?」
「そうなるだろうな」
「したらな、虎に天守閣貰ってもらいたいんや」
「何故に?」
「やて、そこだけは虎が僕んこと褒めてくれたから」
「くだらない、さすが薬屋だ」
「くだらないってなんや!くだらないって!人がせっかくゆうとんのに…」
宇土の天守が隈本に残ればきっとこの小西の名も残る。そうしたら、父や祖先達は許してくれるだろうか。
でも本当に、デウス様、どうか虎をお守り下さい。
自分は主君である太閤殿下を欺き続けました。そしてゼウス様を信じるという主君にとっての裏切り行為をしました。
しかし彼は主君に忠誠を誓いただ一途に尽くしています。
そんな彼を誰が傷付けられましょう?
「薬屋、」
「何?」
「それもよこせ、もう一挺くらいあるだろう?」
「虎短筒欲しいん?ならこんなんやなくて新品やるわ」
「いや、それでいい。慣らすのが面倒だからな」
「変な虎。…ま、えぇんやけど」
手渡した短筒は改良を加えた特注品。
予備としてもうひとつ持っているから、ひとつくらいあげても大して問題は無い。そちらはあまり使っていないが使えないということは無いだろう。
「…薬屋、」
「何や?」
「いや、いい」
「つくづく今日の虎なんか変やで?」
「 」
それが出来ればどれほどいいだろうか。でもおそらく、内府はそれを許しはしない。
聞こえた、小さな小さな言葉に返すのは一言。
「それは約束出来へん」
――――――
二人が関ヶ原直前に会っていたとしたら
何が、正しいのかなんてわからない
これが最後なら許されるだろうか