「あー、晴信君だ」
「…出た」

何の打ち合わせもしていないのに、この二人は引かれ会うように度々顔を合わせる。別に会いたいと思っているわけではない。純粋な一騎打ちなら望んでいるが、いつもその時ではないと刃を交えることもない。

「何その反応!人を幽霊みたいにさぁ!」
「大して変わらないだろう、毘沙門天なんだから」
「だからってそんな言い方――」

遠くで声がした、景虎を呼ぶが誰の言葉かはわからない。しかし景虎にはすぐにその声の主を理解し、ぱぁっと表情を明るくする。
何かきっと厄介なことになる。そう感じた晴信は隠しもせずに顔を思い切りしかめた。

「政景殿だ!」
「…やっと、見付けました…」
「わざわざ私を探しに来てくれたなんて…!」

二人の元へと走って来たのは、色素の薄い肌によく通る声、そして長い髪を高い位置で結い上げた男だった。政景と呼ばれた男に対し、景虎はキラキラとした視線を送り続ける。
名前を聞いたことはある、だが晴信は政景を知らない。

「おい景虎、誰だ」
「ふふふ、晴信君には特別に教えてあげるよ」

ひょいと政景の手を取り一気に自分の元へと引き寄せる景虎。見せ付けるように指を絡めその腕の中に政景を収めてしまう。
その様子にうんざりしながらも、こちらから聞いてしまった手前渋々晴信はそれを眺めていた。

「私の大事な大事な義兄上こと長尾越前守政景殿です」
「か、景虎様っ…!?」
「それじゃなくてさ、晴信君は気にしなくていいからいつも通り喋って欲しいな?」

一方的な景虎の空気に飲まれないように晴信は必死に冷静を保とうとしていた。どうやらそれは政景も同じだったようで、とりあえず景虎の腕の中から抜け出そうと景虎を投げ飛ばす。
予期していなかったそれには思わず晴信も目を丸くしてしまい、つい拍手までしてしまった。

「いい加減にしないか景虎殿っ!」
「お見事」
「いつだって私は真面目だよ」
「また敵に回るぞ」
「えー、それはやだ」

見事な投げに瞬時に対応した景虎はきちんと受け身を取り、何事もなかったような顔をして再び政景に近付く。
そこに割り込むようにして晴信が政景の腕を掴んだ。その途端景虎の顔が歪むのが晴信の視界の端に映る。

「じゃあうちに来るか?」
「は…?武田殿、何言って…」
「駄目駄目駄目ー!!駄目に決まってるでしょ!いくら晴信君だってそんなの許さないから!君には塩がお似合いだよ!」

景虎によって慌てて引き剥がされた腕。政景を自分の後ろに隠し、景虎はなおも晴信へ鋭い視線を向ける。

「…政景殿は、誰であろうと渡さないから」

先程とは打って変わって発せられる低い景虎の声に、晴信は戦場で見えた時の姿を重ねる。つまり冗談ではなく本気ということなのだ。
敵として対峙したことのある政景も同じくそれは感じていた。景虎の纏う空気が、ガラリと変わった。

「それに、晴信君には違う子がいるでしょ」

途端ふにゃりと柔らかく笑う景虎に、食えない男だ、と晴信が零すのを政景は聞いていた。

「…ところで貴様、次は関東遠征か?」
「よく知ってるねぇ」
「あれだけ大々的に物資調達やらを行っていれば筒抜けだ」

少しでも隙を見せれば攻め込んでやるということを言外に含め、晴信は笑う。それに対し景虎もいつも通り笑う。

「すぐに戻るよ。戻ったら、君を殺しに行ってあげる」
「関東でくたばらなければな」

信濃川中島で刃を交える虎と龍。
もしこの二人が手を組んだならば、世界に敵など存在しないも同然と言えるだろう。

政景は冷静にそう思っていた。





それはまさに磁石の法則



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