互い最後に顔を合わせたのがいつだったのか、それすらわからないくらい久しぶりに会った。
あ、と気付き立ち止まったはいいが、声をかけるのに適した言葉が見付からなくて長束は視線が泳いでしまう。そんな中、先に口を開いたのは溝口の方だった。


「…長束殿、」
「溝、口殿…」


「――理解出来ない」
「何を」


溝口の首に巻かれた紐が、ひらひらと風で揺れる。それは長束もよく目にしていた、かつての主君のもの。優しくて器用で不器用な主は、今はもう居なくなってしまったけれど。
それに伴ってか世間も随分と変わった。先陣を切る者も、大きな力を持つ者も、何もかも二人一緒に居た時とは違う。

溝口は言葉を発すると小さく唇を噛んで、それを受けて長束は握りしめた拳により一層力を込めた。


「何故、あの方に仕えられる」


意味がわかる分、じくりと胸が痛む。別に悪いことじゃない、なのに息苦しいのは何故だろう。

「あの方」――それは昔二人の主より下の身分で、しがない農民上がりの人間であったと同時に、今では天下を手にする者だった。
優しくて何でも出来る彼を好いて、その名を貰って誰より喜んだ。しかしその名前も今では捨て去った過去の話。


「あの方は我らが君を蔑ろにした」
「それはっ…」


そんな天下人が好いたのはあくまで彼個人。だから彼の家を使うだけ使って、必要でなくなったなら捨ててしまった。
結局どんなことをしたとしても、彼は織田以外を見てくれないことを知ってしまったから。

その天下人たる豊臣に、長束は仕えている。自分の得意な勘定作業を任されて、そして前を見て歩き出した。
でも溝口にはそれが理解出来なかった。

溝口の中では丹羽長秀だけが主君であり、他はただの飾りに等しかった。波風立てないように、家の為に豊臣へ従っているが決して仕えるべき主と認めた訳ではない。
丹羽の家を離れたのだって、長秀の子である長重を主として受け入れられなかったから。

鋭い溝口の視線に堪えられなくなり、長束は思わず声を大きくしてしまう。


「私は、貴方のようにはなれない…!」


長束だって、出来ることなら長秀だけを主として生きて行きたかった。でもそれは出来なくて、世間の流れにも抗えなくてただ流された。
帳面を持つ手で上着の裾を握りしめ、空いている手でひとつの飾りを握る。ぎゅうと、布が皺になってしまいそうなくらい強く強く。


「だけど、これだけは捨てられなかった。これを捨てたら、私が私であった原点が消えてしまう」
「……」
「青山殿だって捨てられないでいる…いや、誰だって手放せないのです。この飾りを、」


「直、違棒…」


丹羽家の家紋である直違棒を元とした飾り、端から見れば何なのかわからないくらい自然にそれは溶け込むが、知る人が見ればすぐにわかる。丹羽と関係のある人間だと。
今は丹羽を離れた者も皆長秀を慕っていた。でもその跡継ぎである長重を見限ったわけではない。ただ、それぞれの欲に勝てなかったのだ。


「…たった一人の、我らが君」
「時々、貴方の言葉は酷く重い」


丹羽に仕えていた時から長束は絶対に溝口には敵わないと思っていた。不思議と溝口が口にしたことは現実になる確率が非常に高いのだ。
それは丹羽長秀という唯一絶対主を、ただただ信じ敬っているからこそ起こる偶然の産物としか言いようがなかった。言いようがなかったしそうだと信じたかった。

そしてその溝口がゆっくりと口を開き、発した言葉に長束は耳を疑わずにはいられなかった。


「いつかこの家に思い知らしてやる」



「その身を以て、長秀君を蔑ろにした罪を償え」


呪詛のような、低く冷たい声で吐き出されたそれは聞く人が聞けば謀反の疑いをかけられそうな内容だった。それほどまでに溝口は豊臣を恨み憎んでいた。
その深い闇を、長束は垣間見た気がして背筋が震えた。





この時の言葉を長束が思い出すのは、これから数年後の話。





そういえばそんな話もした



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