全速力で走って走って、帰って来たけれど一足遅かった。飛び込むようにして入った客間には、誰も居なかった。

「はち、」

呼吸を整えながら振り返れば自分を呼んだ妻が居た。その手には一通の手紙、それと小さな箱。
慌てて取ろうと手を伸ばすが、ひらりと避けられ危うく転びそうになる。生憎床と友達になりたくはない。

「魚屋のじゃろ…?」
「ゆきはどれだけ貴方を待っていたと思っているのです?」
「は、半刻…?」
「一刻半です」

何も言い返せなかった。

始めに彼を呼びつけたのは自分だ、でも急に養父に呼ばれて行ったはいいが中々帰してくれなかった。話も大したことはなくて顔が見たかっただけだと言われた。養父には悪いが今日ばかりは彼を優先したかった。
そして急いで帰って来たものの彼はもう居なかった。彼だって忙しい身だから、当たり前のことだった。今日のことだって無理言って時間を作ってもらったもの、我儘に付き合ってもらったのだ。

「貴方の頼みだから、ゆきはずっと待っていたのですよ」
「魚屋に、謝らなくてはならん」
「当分は堺に居るらしいので会えないと言ってました」
「う…」

国許に戻っていないのは不幸中の幸いだが、それでも堺は遠い。簡単に会いに行ける距離ではないし、そんな自由は自分にも彼にも無い。
どうしたら一番良いかと頭がぐるぐる回転して答えを探すが、いまいちこれといったものに辿り着かない。思わず頭をかかえたらまた名前を呼ばれる。

「大人しく手紙でも書きなさいな」
「え」
「これのお礼も含めてですよ?」

差し出された手紙と小箱。ひとつずつゆっくりと開けば、手紙の文字はどこか走り書きできっと時間ギリギリまでここに居て、でも仕方ないから手紙を書いたらしかった。
箱には綺麗な貝殻がいっぱいと、またよくわからない南蛮菓子が入っていた。


『本当は魚にしようと思たんやけど、さすがに生物やから菓子にしときました』

『坊っちゃんにお腹壊されたら僕が秀吉様に斬られてまうからなぁ』

『今日は会えへんかったけど、坊っちゃんも忙しいから仕方へんもんな』

『せやから次に会うの楽しみに待ってますわ』


「魚屋ぁ…」

涙腺が刺激され、視界が滲みそうになるのを必死に堪える。彼がふにゃふにゃと柔らかく笑うのが容易に想像出来てしまう。

彼は自分には甘い。それはわかっているがそれにしても特別優しい気がする。
いくら仲が良いとはいえ、きっと治部少や刑部には手紙なんか書かず言付けだけで済ますだろう。誰でもない彼に特別扱いされていることがひどく嬉しかった。

「ほらほら、いい男が台無しですよ」
「お豪…」
「はちがこんなんじゃゆきも大変ですね」
「…うるさい」
「てるには私が言っておきますから今日中に書き上げるのですよ?」
「わかった」

既に日は傾いている、今日中となると今から取りかからなければいけないだろう。そしていつもの明石からの小言を受けなくて済むというのなら尚更のことすぐに始めなければ。
でもその前に、

「お豪」
「何ですか?」


「ありがとう」

なんだかんだ言っていつも彼女に助けられている。恐らくありがとうの一言じゃずっとずっと足りないくらい。
手を取って引き寄せて、ぎゅうと抱きしめて笑えば彼女も笑ってくれる。

「どういたしまして」



さぁ早く手紙を書こうじゃないか。だって時間はそんなに待ってはくれないのだから。



――――――

必要無いと思いますが一応
「はち」→八郎様
「ゆき」→小西
「てる」→明石

豪姫様は気に入った人には二文字の略称呼び

題名:Largo様








誰より何より、



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