鮮やかな緋色と深い紺碧、そこに触れそうになった手に気付き慌てて戻す。もっとまじまじと眺めたい衝動を必死に抑え、視線を僅かに逸らした。

「何、あんたも嫌い?俺のこんな眼」
「そんなこと、ありません」

吐き出すようにして口にされた言葉はまるで、誰もがそう思っているようだった。でも彼の両親は彼を愛していたし、家臣の誰だってそれを嫌うような節はなかった。
きっと嫌っているのは彼の兄と、恐らくその乳母だ。

すぐさま否定してみせれば、無表情に近かったものがほんの少しだけ安堵した表情に変わる。
事実、綺麗だからこそ引き込まれそうになっているのだ。欲しいとは仮に思っても、嫌だとは絶対に思わない。

不意に腕を掴まれ、瞬く間に抱き寄せられる。何をされているのか理解が追い付かなくて頭の中が高速回転をしている。

「駿河、大、納言様…?」
「あんたは兄貴のお気に入りだ、でも嫌いじゃない」
「我はその眼が――」

自分が何を言おうとしているか、それに気付き出かかった言葉を飲み込んで消してしまう。そもそもに相手はよく考えればこんな易々と自分が会えるような身分の人ではないのだ。
ぎゅうと抱きしめられ、降って来た声に思わず顔を上げる。

「ごめんな」
「え?」

次の瞬間、唇に一瞬だけ触れたそれは紛れもなくこの方のもので。自分がどうこう言うよりも前に大きな音がしたと思ったら、たちまち強い力によって引き剥がされる。
嗅ぎ慣れた薬品の匂いがして、また別の人に抱きしめられる。相変わらず優しくて、でも機嫌は最高潮に斜めだった。

「た、忠長っ!」
「ずいぶん不機嫌だな」
「お前、定勝殿に何したたわかってるのか?」
「なんならもう一回、してみようか?」

にこりと笑う忠長様のその眼から、それこそ目が離せない。それに気付いた家光様の手が視界を遮る。

「別に兄貴のものじゃないんだ、勝手なこと押し付けるなよ」
「だからってこんなここしていい訳じゃないだろ」
「加賀達とは違うんだ、全部が兄貴の手にあると思うな」
「っ、」
「じゃあな、米沢少将」

聞こえたのは声と遠ざかっていく足音、それと小さな舌打ち。
少ししたら開けた視界に映る不機嫌そうな表情。これはきっと相当苛立っているのだろう。

「家光、様、」
「忠長…!」

声色に反して触れる手は穏やかで、ゆっくりと唇をなぞる指は少しだけ震えていた。弟に取られる、そう思うと今でも怖くなる。以前そう、言っていた気がする。

素直になれなくて、すれ違っているこの兄弟の溝は埋められないのだろうか。二人が、いや三人が手を取ればこの幕府に敵などいないのに。

「も、申し訳ない…忠長があんなことを」
「いえ、大丈夫ですから」
「でででもっ、」

先程とは打って変わり、いつもの彼になる。その優しさからかどこかオドオドとしていて、でも将軍としての空気は纏ったままで、それでいて不機嫌だからか少し鋭さを持った目だった。
世の中には汚いものもありふれているけれどその分綺麗なものだってたくさんある。ほら、彼の目だって十分綺麗だ。

「たた、忠長は危ななから気を付けて」
「そんなことありませんよ」
「…定勝殿は、優しすずます」
「そうでしょうか」

外へと視線をずらし、中庭の方にゆっくり振り向けばもう一度後ろから抱きしめられる。肩口に顔を埋められるとふわふわとした髪がくすぐったい。

「…確かに、ろ、六人衆とは違う」
「何がでしょう?」
「さだたつ殿は、家光のももじゃない。わかてる」

回された腕にそっと手を添え、少しずつ重心をずらし寄り掛かると同時に上げられた顔を覗く。きょとりと目を丸くするのがなんだか可笑しくて、つい悪戯っぽく笑ってしまえばより一層力強く抱きしめられてしまう。

「ででも、近くに居て欲しし」
「我に、可能な限りなら」

再び笑ってみせれば、くるりと振り向かされ触れるだけの口付けを落とされる。優しくて、甘くて少し切ない、そんな気がする。

「ありがとう」

可能なら、三人が手を取り合って欲しい。
でもそれはきっと無理なこと。本人達以外の間に溝が大きすぎるから。



かつての上杉のように、兄弟が刃を交えないことをただ祈るばかりだった。







あれ違いそれ違い、すれ違い



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