※兼続が居なくなった後の話









「父様、父様、」

見えない姿に不安は募り、ひたすらに名前を呼ぶ。ひとつ襖を開けては閉め、またひとつ開けては閉めてを繰り返し、何枚目かの所で漸く定勝は捜していた姿を見付ける。

「…此処に、いらっしゃいましたか」

書庫ともいうべき本の山々が積まれたその部屋は、本来そうやって使われていたのではない。以前の使用者が色々と持ち込んでいるうちに、自然とそうなってしまっただけ。
手紙の束、本の山、資料の数々に傘が数本あるばかり。

溢れんばかりのそれらに、まるで埋もれるように眠る景勝の姿。
息をしていないのかと疑ってしまうぐらい静かに、こちらに気付きもせずただただ静寂の中眠り続ける。


(あぁやはり、貴方が必要なのです)


外は音を吸収し、全てを洗い流してしまう雨に包まれていた。







「若様、殿はいずこに?」

定勝が元居た部屋へと戻れば、いつの間にか数人の家臣が集まって来ていた。そして誰もが口にするのは姿を眩ませた上杉家当主のことばかり。

元来景勝は雨を苦手としていたのだが、以前まではそれ程酷くはなかったし、きちんと手を差し延べる人間も居たのでさほど気を張るようなことではなかった。
しかし、その手を差し延べていた者が死してしまってから、状況は一転した。

苦手としていた雨の日にまた己の近しい者を、それも非常に近い者を亡くしてしまった所為か、時に酷く体調を崩してしまうようになってしまったのだ。

「いらっしゃいました」
「やはり…」

「はい、」

だから雨が降った日は必ず、体調を崩したぼろぼろの身体でありながらもよたよたと、先程の部屋へと行く。

「続の、部屋に」
「そうですか」

現実を認めてはいるのだろうが、部屋に置かれている手紙の文字を懐かしみ、よく読んでいた書物に触れ、資料を眺める度にきっと感じているのだろう。
上杉景勝を支え続けた、直江兼続という人物が生きていたという事実を。

「直江殿は…殿の傘ですからね」
「傘…?」

見上げた空はまだ雨を止ませるつもりはないらしく、しとしとと降り続いている。
この雨が酷くなればなるだけ、景勝は体調を崩していく。

「私ではあの方を照らしてあげられないから、代わりに雨を遮ってさしあげるのです。と」
「太陽ではなく、傘に」

しかしその傘の代役は誰も出来ず、もし出来たとしても恐らく景勝は拒否してしまうだろう。

「与六以外は要らない」

と言って。


(父様はもう持たないから、早く向かえに来て続)

(父様が苦しみ過ぎる前に)


雨は止まない、当主は今だ現に帰らない、本当に残されたのは誰。








その時をただ待っている



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -