どうして、ねぇどうして?
少しだけで良かったの。もう少しだけ遅ければきっと世界は違っていた。



「あたしいつも思うの」

もこもことした襟が風に揺れて、直継がひとつ小さな溜息をつく。きちんと手袋に覆われている伸ばした手は、刀を握らない。握れない。

「孝ちゃんがどうして先に生まれなかったんだろう、って」

母は違えど直孝の方が先に生まれていたなら、父は直孝を二代目にしたかもしれない。

何故なら直孝の方が何だって直継の上だった。身体能力も技術も、知識も何もかも。
それに対して直継は身体が弱く、あまり外に出してもらえないのもあってか世界を知らなかった。

「あたしは、要らない人間だよ」

それなのに、少しばかり先に生を受けたというだけで当主にされる。誰が相応しいかなんて始めからわかっていたことなのに。
何も出来なくて、何もしてあげられなくて、名前だけの当主である自分が直継は酷く腹立たしかった。

少しの沈黙の後、それまで黙っていた直孝がゆっくりと口を開く。

「―…継兄は、」
「?」

「継兄は必要だ、そんなことない」

緩く首を横に振り、直孝は真っ直ぐ直継を見つめる。そのほんの一瞬、直継は弟である直孝に父直政の影を見た気がした。
何だかんだいっても父の血をより色濃く継いでいるのはやはり直孝の方なのだ。それを知っているからこそ、直継は余計にこの家を継ぐべき者は自分でないと思ってしまう。

「それ本当?」
「あぁ」

言葉は足りないし決して優しいとは言えないかもしれない。しかしそれでも、直継にすれば直孝は誰よりも自分を立ててくれるし井伊の家を思ってくれている。
だからそんなわかりにくい優しさについつい甘えてしまう。

「――やっぱり孝ちゃん大好き!!」
「邪魔…」

人と接するのが好きでないのに、自分が抱きついても欝陶しいと怒るだけで終わる直孝が直継は何より大事だった。



(もう少し、彦根が落ち着いたその時には――全てをあげるから)







それは神様の悪戯?



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