霧はまだ濃い。朝より幾分かは晴れたが、それでもまだ視界は悪い。
鳴り響く銃撃音。東軍の威嚇射撃。
「…秀秋様、」
眼下には大谷刑部。蝶がひらひらと舞う、例えその羽に傷を負っていても。
いつまでもいつまでも、あの人は変わらず綺麗だった。
「ねぇ平岡殿、」
「如何致しましたか?」
「伊達は、西?東?」
でもそれよりも綺麗な人を僕は知っている。ただ真っ直ぐ僕を見てくれる唯一の人。
本当はこんな所飛び出して彼に逢いに行きたい。
「伊達は東軍、おそらく上杉と一戦交えているのではないかと」
「うん、ありがとう」
止まない銃撃音。一進一退を続け何かの拍子に変わってしまいそうな戦況。
何度目かわからない狼煙を確認し、漸く出した答えを全軍に命じる。
「――我が小早川はこれより東軍に味方する」
何が間違いなのか、わからない。一体何が正しいのだろうか。
信じるのはそう、自分だけ。
「目標は、大谷刑部少輔吉継…!」
下山していく諸隊を眺め、呼ばれた声に振り返れば小早川家筆頭家老。
「よく、御決断なさいました」
「そんなことないよ、僕はただの臆病者だ」
「そのようなことございません」
迷って迷って、結局今の今まで出せなかった答えを出せたのは自分の力ではない。
今回もそうだ、いつも彼に助けられている。
「違うよ、伊達が東だから東についたんだ」
「……」
「僕は、重綱と敵対したくない」
彼が、重綱の属する伊達が東軍側だから東軍に味方するのだ。
重綱が居ればこれからもやっていける。僕を導いていた蝶がなくても、きっと大丈夫。
「さようなら、吉継殿」
そしてこんにちは、呪われ怨まれ続けるであろうこれからの日々。仮に裏切り者と罵られても、僕はそれを受け入れるよ。
さようなら綺麗な蝶