「へーはちぃー!」

ぱたぱたと軽い音を立て、廊下を走って来る姿が酷く愛らしくて思わず顔が緩んでしまう。
そんな緩んだ顔を必死に隠している間にも段々と距離は縮まり、気が付けばぎゅうと抱き付かれていた。

「つかまえたぁ」

見せてくれる笑顔は眩しいくらいに綺麗で、もしこの顔が苦痛や悲しみに歪むことになったなら、私はその原因を怨み呪い、排除することに全力を尽くすことも厭わないだろう。
この場に似つかわしくない、そんなことをふと思ってしまう。

「あいたかった!」
「私も、お逢いしたかったです」

「逢いたかった」なんて、毎回聞いているはずなのに、それでもその度に単純な私の心は喜びを感じてしまうのだ。

愛しい、愛しい私の主。

「…貴方に逢えない日は、ただただ苦しい」

屈んで視線を合わせ、ぎゅうと抱き返したなら口から零れる押し付けがましい言葉。
そんなことを言ってもこの方をこんな檻の中から連れ出せる訳でもなく、ましてや私が此処に留まることが出来る訳でもない。

この方は人質、そう憎き徳川への人質として此処に居るのだ。

「へい、はち…?」
「私には、貴方が居なければ意味など無いのに」

憎い、憎い、憎い。
どうして私からこの方を奪おうとするのでしょうか。
徳川は何故、

あぁなんて憎らしい…!

「へいはち、ごめんね…」

小さく言われた言葉に反応し顔を上げれば、双眸を潤ませた主が悲しそうにこちらを見つめる。
そんな顔をさせたくて言った訳ではないのに。お願いだから、どうかそんな顔をしないで。

「われが、ちいさいから…だから、」

幼いながらに私のことを必死に考えて、そんなことを言ってくれるなんて。
それだけで、私は果報者じゃないか。

「―…いつまでもお待ちしています、貴方と、共にいれる日を」

手を取り私が笑えば一緒に笑ってくれる。

早く早く、私を誰よりも貴方の近くに置いて下さい。
貴方の為に、私は存在するのだから。









小さな願い大きな幸せ



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