ラーメン構造の中で再び






日常、とは何だろう。普通、とは何だろう。でもそれが欲しかった。あいつと一緒に過ごす、何の変哲も無い穏やかな時間。

「ば、化け物……」
「お前たちが勝手に作ったんだろ」
「失敗作の、くせに…!」
「黙れっ!」

倒れてほとんど無抵抗となった人間が持っていた、護身用らしき小型拳銃を拝借しその脳天を撃ち抜く。激しい発砲音の後、硝煙独特の匂いが鼻につく。使い終わったそれを壁に向かって勢い良く投げつけ、床に張り付く腕を、身体を体重を乗せて踏みつける。
のうのうと生きてこの世界に何の価値すら無い無能な人間のくせに。未だ優位に立っているような気でいるなんて実にくだらない。死んでしまえ、死んでしまえ。己の成したことを棚に上げて無意味に生きることなんて許さない。俺のことを"失敗作"と言うのなら、お前たちには俺以上の価値があると言うのか。

「違う、違う! 俺は、失敗作なんかじゃない…!」
「大丈夫だよ、白竜」

上着の裾を引かれ、振り返ればそこにはシュウが居た。いつもと変わらず柔らかく笑って「そんなことない」と否定してくれる。欲しい言葉をくれる優しい泥沼。
然程時間をかけたつもりは無いのだが、遠くに聞こえていたはずのサイレンが間近に聞こえる。ブラインドの隙間から見えた窓の外には白黒赤。そして物々しくビルを囲む人の姿。瞬く間に"立ち入り禁止"のテープで四方を囲まれ、じわりじわりと退路を封鎖されていく。

「今回は早いね、もう摂理課が来てる」
「面倒だな」
「じゃあ殺そうか」
「邪魔になるなら、な」

顔を見られなければ、俺たちの邪魔にならないならば、なるべく無関係の人間は殺さないまま事を済ませたい。殺し合いは負の連鎖だ。死んだ人間が天涯孤独で他の一切と関係を持たない場合は例外だろうが、それ以外の場合は死んだ人間を大事に想う人間が、殺した人間に復讐をしようと考える可能性だって十分に有り得る。
そしてこれも、負の連鎖だ。日常を望むことすら許されず命を狙われ死と隣り合わせに生きる毎日。生きるためには誰かを殺さなければならない。だが人を殺した分だけそれは俺たちの実験結果として扱われ、実験体の能力が欲しい奴らには好成績として残るようだった。結局は施設を出た今も、実験体であることからは逃れられない。

「さて、どこから逃げよう?」
「このビル、高層の割に屋上が無いから最上階の窓から飛び降りるか、もしくは摂理課を蹴散らしながら階下に行くしかないな」
「あぁ今回は本当に早いね、もうすぐそこだ」

呑気に外を見ながら笑うシュウが小さく拍手をする。今日は何人、殺せば終わるだろうか。早急に終わればそれでいい。人間を殺したくないと思いながら人間を殺すことに慣れ、何の抵抗感も抱かずその命を奪えるのだから俺は一体何なのだろう。
響く足音に耳を澄ませば、その響き方からしておそらくドア一枚を隔てた向こう側に既に人が居る。そういえば電気系統はそのまま生きているからエレベーターが稼働しているのだろう。昨今の技術レベルなら数十階程度の高層ビルぐらい、ものの一分もかからずに上層階に着くはずだ。

戦闘は避けられそうにもない。仕方ないか、と溜息をつきゆるりと構えた途端大きな音を立てて勢い良く開かれたドアの先、俺は目を疑った。

「つ、るぎ…!?」
「白竜、お前…」
「どうして、どうしてお前がここに居るんだ!」

以前会った時と同じように制服を着崩した姿がそこにはあって、気が付いたら声を張り上げて叫んでいた。
理解出来ない、意味がわからない、知られたくなかった、どうして。そんな訳のわからない感情がぐちゃぐちゃと入り乱れて頭が痛くなる。その連鎖反応なのか、少しずつ息が整わなくなり関節が痛くなってきた。不自由で、不完全で歪な身体。

「な、なんでシュウが…ここに居るの……?」
「……そうか。君は摂理課の人間だったんだね、天馬」
「だって俺たちはここで操力者による事件が起きてるって聞いたから、」
「残念だよ、天馬。あぁ、でもこれだけは教えてあげる。彼が僕の同一存在、白竜だよ」

隣に立つシュウもどうやら摂理課の奴と顔見知りだったらしいが、動揺した様子も無く相変わらずからりと笑っていた。不意に片腕を引かれ軽くふらつきつつも、触れてくれたことにより徐々に不調が治まり始める。
感情へ一気に変化が起こると操力も振り幅が大きくなり、次の瞬間には自分の手に余りたちまちコントロール不能となる。膨大な操力はそれに見合うだけの力を与える反面、躊躇い無くこの身体を食い荒らす。研究所でも操力を扱いきれないのならば感情ぐらいはコントロールしろ、と言われたがそれにも限度がある。

「操力者事件、白と黒の同一存在……もしかしてお前たち…実験体、か…?」

プロジェクトの存在と内容は、表の世界においてトップシークレットのはずだった。どうやったのかは知らない。だが摂理課の人間らしい剣城がその可能性に辿り着いてしまったのならば、ぐるぐると煩わしい己の思考を全て捨てて答えをひとつに絞り込む。

「違うならそれでいい! 否定しろ、白竜!」
「……そうだ。俺とシュウが同一存在の実験体」

否定なんてしない、誤魔化しもしない。するすると上着とシャツの袖を捲る。現れたのはその下に隠れていた刺青、忌々しく突き付けられる消えない現実。

相容れないなら、邪魔をするのなら、殺すしかない。今までもそうして生きて来たのだから。今回も同じだ、殺せばいい。いつどこでそんなことを知ったんだ、なんてことも問い質す必要は無い。これから殺してしまうのだから。
思考ではそう理解しているはずなのに何故か手が震える。意味がわからない。


(しろい、ひと)


また頭が痛い。
それは、どうしてなんだ。




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