唇を食べに来た怪獣






お前は"怪しい獣"と書く"怪獣"のようだと、目の前の彼は言った。

「何それ」
「でも太陽は獣じゃなくて神だな」
「う、ん…?」
「いや、獣はむしろ俺の方か」
「……もしかして、化身のこと?」

唐突な話の内容を掴むために、ちりばめられた言葉をひとつひとつ拾って繋ぎ合わせる。一見大変そうに見えるそれももう慣れた作業であり、気付いた頃には無意識に行われ既に答えを出している。
そうだ、と頷いた彼の額に僕は触れるだけのキスをした。理由なんて用意して無い。ただしたかったから、それだけ。

「"聖なる獣"……君にぴったりじゃないか」

白竜が天を指差し名前を呼べば、彼の化身である聖なる獣は呼応し地を裂き現れる。白く、光輝くそれは、彼そのものを体現していると言っても過言ではないだろう。
そんなことを考えていたら不意にぐるる、といくらか低い音が二人の間に響いた。一瞬空腹故に発せられた音かと疑ったが、それは自分の喉が鳴った音だったようだ。手を喉に当てたら再び小さく音が鳴った、これは間違いない。

「このタイミングで喉が鳴るだなんて、やっぱりお前は"怪獣"だな」
「じゃあ"がおー"とか言えばいいの?」
「フッ、ずいぶんと可愛らしい怪獣じゃないか」

柔らかく笑いながらするりと伸ばされた白い手が、そっと僕の頬を撫でる。僕はその手を取って温かな掌にキスをした。

「そうだ」

良いことを思い付いた、しかもこのタイミングで。パチンと両手を合わせた後、向かい合わせに座っている彼の肩に手をかけ、ぐっと床へと押し倒す。拒絶の声が聞こえたとしても僕はそれを無かったこととして扱い、白竜の視界を制限してしまう。今の彼に見えているのは白い天井と僕だけ。さあ、僕だけを見てよ。

「僕が怪獣だとして喉が鳴ったってことは、白竜が僕のご飯なんだからね」
「ちょっと待て!なんでそうなるんだ!」
「嫌だ、待たない」

元々首周りが少しだけ開いていたシャツのボタンに手をかけ、更にひとつ、ふたつ、と外していく。彼が好んで着るグレーのシャツ、その下に隠された白に目が眩む。紫外線に当たっても赤くなるだけで黒くは焼けない白い肌。例え太陽であっても彼の色を変えることなんて出来ないのだ。
掠めるように肌の上を手が滑ると彼の肩が小さく震えた。次に首をなぞりゆっくりと付け根に歯を立てる。そして甘噛みしては見辛い箇所に痕を付けて一人満足するのだ。嫌だという言葉は発せられない。自分は彼に触れることを、痕を残すことを許されている。そう思えるから嬉しくなる。時折漏れる声に気を良くして、その声すら食べてしまわんと今度は唇に噛み付くようなキスを、何度も何度も繰り返す。薄い唇がふやけてしまいそうだと思いつつも止めることは出来なくて、もっともっとと先を求めてしまう。

「……たいよ…お前…っ、」
「本当嫌になるね……なんで、君はそんなに綺麗なの」
「し、るか…」

茜色の瞳が薄く水の膜に被われ、光に反射してきらきらとして見える。そんな目尻にひとつキスを落とし、僕はまた彼の唇を求めてしまう。片手で白竜の利き手を拘束しながらキスをして、それでは飽き足らずと唇を舐めては歯列をなぞり、舌を捕まえようと追い掛ける。鼻にかかるくぐもった声がきちんと聞きたくて、少しだけ解放してあげるけれどまたすぐに捕まえて。
そうしてふと思ったのだ、これはやはり食事をしているようだと。白竜という餌を貪る、僕は獣。

「でもこうしていると、まるで僕は白竜の"生"を食べているみたいだ」
「は…?」
「生きている命……つまりは君の元気を食べている、と言った方がわかりやすい表現かな?」

食べてしまいたい。誰にも渡さなくて済むように、跡形も無いくらい彼の全てをこの身に納めてしまいたい。でもそれは最後の手段に取っておくとして、今はただ唇を食べることにしよう。なんてったって今の僕は"怪獣"なのだから。
ゆっくりと息を整え、白竜は呆れたようにひとつ溜め息をついた。欲求に堪え切れずいろいろとしでかしてしまったから、もしかしたら機嫌を損ねてしまっただろうか。そう心配したがどうやらそれも僕の取り越し苦労であったようだ。

「……くだらない」
「えぇー」
「でも、悪くないな」

(俺が死なない程度なら、いくらでも食べてしまえ)

前触れも無く引き寄せられ囁くように告げられた言葉が鼓膜を揺らす。一瞬意味がわからなくて何度かその声を反芻し、しばらくした所でやっと言われた意味を理解する。あぁ、顔が熱い。彼は突然なんてことを言い出すんだ。
そんな僕をよそにして、したり顔で笑う白竜の方が何だか一枚上手のような気がしてしまい、僕はお返しとばかりにもう一度彼の唇に噛み付いた。





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