ホワイトシンドローム






「――……い、ちご…う…」

赤黒く汚れた白い手が伸ばされる。僕はそれを掴もうと必死になるけれど、操力が空になり押さえ付けられた身体は思考とは裏腹に指一本動かない。早く、早くあの手を取らなければならないのに。
彼が激しく咳き込むとその口からまた血液が止めどなく零れ出す。もう止めてくれ、これ以上喋らないでくれ、と僕の頭は代わり映えのしない答えをひたすら繰り返す。しかしそこに追い討ちをかけるように数人の研究者が彼に鋭い刃を突き立てる。刺されたのは彼なのに僕の身体にも同じく激痛が走った。痛い、苦しい、痛い。でもそれは僕よりも彼の方が顕著で、目を見開き声にならない声を上げていた。見ていられない、でも目を逸らせない。目を逸らしたら奴らは彼に対し、次は何をしてくるかわからないから。動かなくなった彼の身体を乱雑に持ち上げながら、研究者の一人が言った。手には何らかの薬品が入った注射器が見える。

「2号は破棄、しかし1号の生命維持のために植物状態へと移行させる」

その言葉に僕は耳を疑った。





慌てて飛び起きれば隣に白竜の姿が見えない。突然怖くなってリビングに駆け出せば朝食の用意をしていた彼が綺麗に笑う。

「おはよう、シュウ」

僕はそれに返事を返すでもなく、すぐさま彼に抱き付いた。触れられる、体温が伝わる、匂いがする。白竜が、ここに居る。純白と薄く色を有した緩やかに癖のある髪に顔を埋め何度か深呼吸を繰り返す。手の震えが止まらない。それを見た彼がゆっくりと指を絡めてくれるのだ。

「どうした?」
「……怖い夢を見たんだ」
「夢?」
「あの日の、夢」

嫌な記憶であるはずなのに何故か忘れることは出来なかった。だから普段はなるべく思い出さないようにしているのだが、数ヶ月に一度こうして夢に見る。見てしまうとこれでもかと言うほど余計なことまで鮮明に思い出してしまって、ただひたすらに怖くなる。

「君が…血を吐いて、刺されて…」
「……あぁ」
「僕の、前から……っ!」

消えてしまうんだ。

僕らは怖いのだ。いつか二人、引き離されてしまう時が来るのではないかと。僕らの意志など無視されて、身勝手な大人たちに無理矢理都合の良いように使われる。今度こそ本気で自我を奪われ生物兵器にされるか、もしくは危険分子として破棄されるだろう。
だから彼を取られる前にプロジェクトの関係者全てを殺すのだ。関係者が、研究者が居なくなれば、誰も僕らのことなど知り得なくなる。誰も僕らを狙わなくなる。誰も僕から彼を取らなくなる。

「嫌だ……白竜、白竜!白竜っ!」

白い身体が真っ赤に染まって、傷口から血液が止めどなく流れて、呼吸が聞こえなくなったと思ったら動かなくなって。そうしているうちに温かな身体が次第に冷たくなってしまうのではないかと余計なことまで考えてしまう。
生きていたとしてもあのまま植物状態にさせられてしまったなら、もう僕に笑ってくれることも無くなり、その声を聞くことも出来なくなってしまう。生きているならそれでも良いだなんて言わない。そんなの、死んだも同然じゃないか。

「おいシュウ!シュウ!」

勢いよく引き剥がされ目の前には僕の大事な彼が居て、その茜色の瞳には僕が映る。心配そうに眉を寄せては僕の名前を呼んでくれる。施設を出てから二人で考えたお互いの名前。彼の声で呼ばれるとひどく安心するのは、きっと気の所為なんかじゃないはずだ。

「俺は、ここに居る…」
「……うん」

こんなにも離れることが怖いのなら、僕たちはひとつだったら良かったのに。そう思うけれど、別々の個体だからこそこうして触れられるのかと思うとこれで良かったのかもしれない。
(でもそう思うのに、僕は怖くて仕方ないんだ)










保有する操力が膨大故に、白竜は追われることが多い。何故かと言えば単純に"危険"だからだ。彼の操力は常人を遥かに上回る。その量はいくら本人が抑えようにも抑え切れず、だからこそそれを辿って簡単に見付かってしまうのだろう。僕は彼と比べれば追われる回数は至極少ないが、それでも全く無いわけではない。
白竜の操力は基本的に底を尽きることが無い。なおかつ僕らは全ての摂理を扱える元実験体で、極端に要約すれば生物兵器である。そんなものがこの世の中で野放しにされているのだ。国家機関や何やらが血眼になって彼を探し、捕獲や殺処分を図ろうとするのもわからなくはない。でもそんなもの向こうの勝手な都合だ。

「今回は三人か」

事切れた身体を踏み締めゆっくりと記憶を辿る。しかし今回の奴らの顔を見ても研究者の中に該当する人間はいない。僕のことを実験体と知りつつ攻撃してきたからすかさず反撃したが、一体誰だこいつらは。プロジェクト関係者の顔は全て記憶している。だが何年か前から関係者以外の人間が襲って来るようになったのだ。どこかの組織や研究機関だとは思うが生憎あまり興味は無い。来る者は、邪魔をする者は、全て殺せば良いのだから。
服の裾に付いた汚れを払って再び歩き始める。目的地は特に無いから、それこそ気の向くまま風の吹くまま適当に。

「あれ?シュウ?」

まだ日が沈むには早い河川敷をふらふらと歩いていたら、聞いたことのある声が僕の名前を呼ぶ。白竜以外で僕の名前を知っている人間など、一人しかいないのではないだろうか。
振り返ればやっぱりそうだ。詰襟の制服をきちんと着て、くりっとした目を更に丸くしてぱちぱちと瞬きを繰り返すその姿。

「天馬…?どうしたのこんなところで」
「それはこっちの台詞だよ。俺は学校帰り、今日は部活が休みなんだ」

確かに、彼が肩にかけているショルダーバッグは見た感じこの前より軽そうだった。前回会った時は一目でいっぱいいっぱいだとわかるくらいパンパンに荷物が入れられていた気がする。
立ち話もなんだからと近くのベンチに二人で腰掛けた。途中で彼が自動販売機からふたつ買ったペットボトル飲料のひとつを貰い、キャップに手をかけパキリと軽い音を立てて開ける。

「シュウに教えてもらった通りにしたらさ、この前風がちゃんと答えてくれたんだ!」
「そうなんだ、天馬にはきっと素質があるんだよ」

他愛ない話をつらつらと飽くこと無くお互い続けるが、不思議と退屈だと感じることはなかった。
初めて会った時にも思ったことではあるが、松風天馬という人間は面白い。自身のこと、他人のこと、それらによって目まぐるしいほどに表情を変え、なおかつ最後には笑ってみせるのだ。自分でもこの感覚が何かは理解出来ていない。それでも何故かもっと話をして、いろんな彼を見てみたいとさえ思えてしまう。彼と一緒に居たら、次は何が見えるだろうか。

「そうだ。そのうちでいいからさ、シュウと同一存在の子に会わせてよ」
「僕はいいけど……あげないよ?」
「う、うん…?」
「大事なんだ。誰よりも、何よりも」
「まるで家族みたいだね」
「……あぁ、そうかもしれないね」

でもどんなに他所へと関心が向くことがあっても、やっぱり一番は彼だ。家族、のようで家族ではない。そうさそれは僕の半身。光輝く白い竜だ。




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