想いは風巻となりて






舞い上がる炎。それは意思を持った生き物のように形を変え、みるみるうちに標的を飲み込み焼き尽くす。何度見てもその正確さや技術の高さには驚くばかりだった。

「すごいよ剣城!」
「こんなもの、出来て当然だ」

彼が手を挙げればつられるようにまた火柱が現れ、上から降ってくる的を消し炭のように変えてしまう。いくら標的とはいえ、対操力者部署である摂理課の訓練用に用意されたもの。簡単な摂理能力や技、ましてや小型の拳銃などでは傷ひとつ付かない頑丈なものだった。それをいとも容易く剣城は焼き尽くしてしまうのだ。意志の強さが能力の強さに比例する、そんな話をどこかで聞いた気がする。
彼は兄のために必死で戦っている。正体のわからない、何かと。終わりの見えない戦いをひたすら繰り返し、それでも倒れることは出来ないと地に足を着け立ち続けるのだ。

「炎に赤と青があるけどさ、何か違うの?」
「温度だ。化学でやっただろ」
「なるほど!」

炎といえばついぞ赤いものを連想してしまいがちであるが、高温の炎ほど色が青になるのだ。だからその時の戦略、交戦相手、状況によってそれらを使い分けているのだという。しかし、それは口で言うほど簡単に成せるような技なのだろうか。
以前よりは多少なりともまともに摂理を使えるようになった自分としては、彼のしていることは次元が違いすぎて理解が追い付かない。足手まといにならないためにも自分には力が必要なのだ。ならば俺には何が出来るのか。

『風に伝えるんだ。何を守りたいのか、何をしたいのか』

ふとあの日シュウに言われた言葉を思い出す。想いを形に、風を具現化する。
(守りたいものがあるんだ。全ての人が悲しまなくて済むように、自分に出来ることをする。だから、俺には力が必要なんだ)
思考を整理してゆっくり手を伸ばすと、標的に向かって吹き荒れる強烈な突風。それは一種のかまいたちとなって的を切り刻む。

「……風が、」
「答えてくれたんだ!やった!やったよ剣城!」

嬉しさのあまり飛びつこうとしたら彼にひらりとかわされてしまった。でも軽く片手を挙げてくれたから、俺もそこに片手を伸ばす。パチン、という軽い音が訓練室に響いた。
端から見ればまだまだそれは小さな一歩であったが、自分にとっては大きな一歩だったのである。










操力者による犯罪事件が起きたとの通報があり、俺たち摂理課もすぐさま現場に急行することになった。先に現場入りしていた人たちの話を聞くと、今回の事件における負傷者はまだ居らず、事のあらましとしては摂理能力を使い複数犯によって行われた誘拐事件であるようだ。

「それで、誘拐された人は誰かわかっているんですか?」
「……神童だ」
「え、」
「神童があの中に居る」

そう言って犯人の立て籠る廃ビルの上層部を指差す霧野先輩は酷く怒っているようだった。ざっと察する限りでは霧野先輩と神童先輩が二人で出掛けようとしたところ、または出掛けている最中に何らかがあって神童先輩が一人になった。その頃合いを見計らって犯人たちが神童先輩を誘拐し、廃ビルに立て籠り今に至ったのではないだろうか。
神童先輩はあの神童財閥の御曹司である。それ故に誘拐されたとしても何等不思議は無い身分の人間だ。しかしそれと同時に摂理能力者であり、更には俺の所属する雷門警察署摂理課の先輩でもある。そして何よりこの現場には神童先輩の幼馴染みであり同一存在である霧野先輩が居る。

「摂理能力者とはいえ手口は単純だ。初心者による犯行だろう」
「なんでわかったんですか?」
「電話で逆探知されることを恐れたのか、ネットを介してハッキングで脅迫状を出して来たがその手口が甘い」

「俺の手にかかれば脅迫状を送って来たパソコンのIPアドレスもわかるし、このIPアドレスを持つパソコンがどこからネットワークに接続してるかだってすぐにわかる」

霧野先輩は不機嫌な態度を隠しもせずにそう続けた。先輩が手にしていたノートパソコンのエンターキーを叩くと宇宙衛星による衛星写真が画面に現れ、自分たちが居る現在地がピックアップされた後に目の前にあるビルへとフラグが立った。つまり犯人はここに居る、そういうことだろう。
神童先輩の同一存在である霧野先輩ももちろん摂理能力者である。摂理課にも所属し、天才ハッカーとしてその能力は高く評価されている。神童先輩を誘拐してしまったこと、雷門署というか霧野先輩相手にハッキングを行ったこと。俺は思わず犯人に対して手を合わせてしまった。

「松風、犯人殺してこい」
「ええっ!?人殺しは駄目ですよ!」
「神童を誘拐したんだ、死んで償ってもらわないと…」
「ねぇどうしよう剣城!霧野先輩眼が本気だよ!」
「それで先輩、神童先輩はどの部屋に?」
「…あぁ、最上階だ。ワンルームフロアだからすぐにわかる」

カタカタとキーボードが軽快な音を立てる。ディスプレイに映る建物の見取り図、それを確認して渡された鍵を持ち、俺たちはビルの裏口から入ることにした。一段、また一段と上る度に非常階段が独特の金属音を響かせる。三階まで上ったところでビルの中に入ることにし、渡された鍵を使いガチャンと解錠する。それと同時に重い鉄扉を引き、なるべく音が鳴らないようにそっと侵入する。
複数犯という割には中がやけに静かで人の気配が感じられなかった。途中で通った部屋に人の居た痕跡はあったが、人は存在してなかった。不意に違和感を感じ、足元をよく見ればカプセルや錠剤の薬品がバラバラと巻き散らかしたように転がっている。

「これ……」

現場に散乱する無数の錠剤、そのうちのいくつかをチャックの付いた透明なビニール袋に回収する。成分や効果などは後程鑑識が調べてくれるだろうが、このような薬品はここ最近起こった事件現場からも同様に発見されている。

「何か関係がありそうだな」

薬品と言えばこの前剣城が仕事という名目で運ばされていた、あれも一体何なのだろう。深入りすると彼の迷惑になりかねないのでこちらから勝手に動くようなことはしないが、ただそれがずっと気になっている。
薄暗い廊下を過ぎ再び上の階へと足を進めていく。鉄骨剥き出しでコンクリート壁のビル内部の空気はひやりと冷たかった。いくつかの階段を上り最上階の部屋へと続くドアまで来たところで一旦足を止める。さながら刑事ドラマのようにドアを挟んで俺と剣城が壁に背中をくっつけ、アイコンタクトでタイミングを合わせ同時に動く。

「神童先輩っ!」
「…遅い」

勢いよくドアを蹴破れば、言われていたワンルームフロアには犯人と思わしき人物が数人、泡を吹いて横たわっているではないか。反対に誘拐されていた当人である神童先輩はと言えば、何事も無かったかのように携帯電話を操作し外に現状を報告している。
拍子抜けしたというか、何というか。誘拐されたのは神童先輩だと聞いて、犯人は複数居るとも言われ、神童先輩に何かあったら霧野先輩に殺されるかもしれないと正直ひやひやしていたのに結果としてはこれだ。自分たちは何もしていない。全て神童先輩自身が解決してしまったではないか。これなら摂理課はおろか警察の必要は無かったのではないだろうか。

「神童先輩、霧野先輩がすごく心配してましたよ」
「霧野には悪いことをしたな」
「…先輩、犯人が耳を押さえてるってことは摂理を使ったんですか?」
「彼らは摂理を使い慣れていないみたいだったから、少しだけ」

言われた通りよく見れば確かに犯人たちは皆一様に耳を塞いでいた。まるで聞きたくないものでもあるかのように。それもそのはず、神童先輩の使う摂理は"音"なのだ。声を発した際の音、何かが触れた時に出る音、それら音波の周波数などを自在に変化させ意のままに扱う。その音波によって人を不快にさせることや錯覚を起こさせること、使い方ひとつで何でも出来てしまうという。俺の風や剣城の火が外部的ダメージとすれば神童先輩の音は精神的ダメージに近いかもしれない。

「お前たちにも迷惑をかけてしまったな、すまない」
「いいんです俺たちは!」
「仕事ですから」
「それより早く霧野先輩の所に行ってあげてください!」
「あぁそうだな、帰ろうか」

何はともあれ大事に至らなくて良かった。そう肩を撫で下ろし、ふわりと笑った神童先輩に続いて俺たちは現場を後にした。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -