偽りの時雨が降る前にさようなら




※もしもの話





望んだのは簡単に壊れない身体。好きなだけサッカーをして、それでも平気でいられる身体。何故か僕はそれを突然手に入れた。
疑問は特に感じなかった。あぁやっと病気が治ったのだ、単純にそう思った。定期的な通院・検査は必要だと言われたが、病院を退院することになり普通に学生生活も送れるようにもなった。あまり袖の通していないまだ新品に近い制服を着て、今までなれなかった中学生というものを楽しむ。毎日が楽しくて仕方なかった。しかし再び唐突に、それは偽りの世界だったと知らされる。
歴史を改変しようとしている者が現れた。彼らは歴史を変えることによってサッカーを世界から消そうとしているらしい。そこで重要となってくるのが、世の中に存在する歴史の分岐点である「インタラプト」と、そこから分岐した複数の平行世界「パラレルワールド」というもののようだ。今ここでこうして生きている僕はパラレルワールドのひとつに存在している"雨宮太陽"であって、本来の時間軸の中に生きている"雨宮太陽"とは別物なのだという。
頭が痛くなりそうな話だった。ここに存在している僕は紛い物で、本来の僕はまだ病気に縛られているだなんて、信じたくなかった。欲しかった身体を手に入れ、偽りの世界に浸っている方が僕にとっては幸せだった。しかしそれは同時に、僕の好きなサッカーがこの世界から無くなるということを意味していた。

『太陽』
『また一緒に、サッカーしようね』

そう言って僕に手を差し出してくれた彼が、サッカーを守るために必死に戦っていると聞いた。ならば僕も共に戦おうじゃないか。例え全てが終わった最後にこの存在が消えてしまっても、本来の"雨宮太陽"は確かに存在するから。

「天馬、僕も一緒に戦うよ」

偽りの僕は偽りの時間と共に消えてしまえばいい。その代償に守れるものの方が大きくて大事だから。










足元や指先といった末端が光輝き、粒子のようになってゆっくりと透けては消え始める。歴史は正しい時間軸へと戻った。だからもう時間なのだ。僕の変化に気付いた天馬が慌てて駆け寄り、僕の手を取ろうとするが透けた手はもう触れなかった。

「太陽…?」
「天馬、また少しの間お別れだよ」
「歴史は正しくなったのにどうしてっ!?」
「"正しくなった"からお別れなんだ」

君の目の前にいる僕はパラレルワールドに存在する"雨宮太陽"だから、時間を正しく直したならその存在は消えてしまう。正しい時間の中に存在する"雨宮太陽"以外は必要無いし、存在してはいけないのだから。それは最初からわかっていたこと、抗うつもりも無かったから大人しく受け入れてはいるがやはり少し惜しい。もっとこの身体でいろいろなことをやってみたかった。欲は挙げるとキリが無いけれどついぞそう思ってしまう。

「本来の"雨宮太陽"はまだ病院に居るはずだから」
「……太陽、自分がこうなるのを知ってたの?」
「知ってたよ」
「せっかく、せっかく一緒にサッカー出来るようになったのに…!」
「天馬、」

でも簡単には壊れないこの身体を手に入れてもサッカーの存在しない偽りの世界に生きることは、果たして僕が望んだことなのだろうか。いや、それは違うだろう。僕はこの身体で思いっきりサッカーがしたかったのだから。どちらかが欠けてはいけない、しかし両方は取れないからそれならサッカーを取ってこの身体を手放そうじゃないか。本来の身体でもサッカーは出来る、だが偽りの世界ではサッカーが存在しなくなってしまうところだった。だからやっぱり、これで良かったのだ。

「僕は必ず病気を乗り越えるから、そうしたら、」

「また一緒に、サッカーしよう?」

ホーリーロードでもした約束を再び彼と交わす。消えてしまったからもう指切りは出来ないけれど、僕が笑えば彼も笑ってくれる。

「当たり前だよ!俺も太陽とサッカーしたいよ!」
「うん、ありがとう」

目を覚ましたらいつもの見慣れた病院にいるのだろうか。それとも学校で授業を受けているのだろうか。何でも構わないからとりあえずサッカーをしよう。パラレルワールドに生きるこの僕がその存在を捨ててまで守ろうとしたものだから。

「ありがとう、ありがとう太陽」

泣きながら、それでも笑って言ってくれた天馬のその言葉だけで、僕は十分だった。




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