誰か鳥の雌雄を知らん






「――わかりました」

携帯の電源ボタンを軽く押して先ほどまでの通話状態を終了させる。隣に立っている松風が何か心配そうにそわそわとこちらの様子を窺っているが、その横をすり抜けデスクの上に市内の地図を広げる。電話で聞いた指定場所をマーカーで書き込み、最も安全な最短ルートを作っていく。

「剣城、次は何の仕事…?」
「指定された場所への薬品運搬、報酬はプロジェクトの情報」

一般的な運送会社を使わずわざわざ他人ともいうべき俺に運ばせるということは、恐らく中身は法に触れるような危ない薬品なのだろう。例えるならそうだ、麻薬の密輸密売などに似ている。

プロジェクトは過去のもの。内容が内容故に既に世の中から破棄された情報も多く、その実態や成果などの情報を新たに手に入れるのにはかなり骨が折れた。今回の仕事以外にも手伝える仕事は買ってでもやった。報酬が壊れたデータだった時はハッキング関連を得意とする先輩の手を借り、それでも何とか自分の力で復元した。そうやって少しずつ少しずつ、断片を繋げていく。
徐々に集まった情報が示すのは、どれも残酷な現実だった。ゼロプロジェクトというものは遺伝子操作実験であり、それによって生まれた実験体たちは自然では無い人工物を含め、全ての摂理を扱うことが出来るらしい。そこまでした意味は、価値は、何だ。
こうしてどうにかこうにかかき集めた僅かな情報を繋げてひとつにするためにも、もっと核心に触れるような情報が欲しい。だから出来る仕事は何でもやる。それが兄さんのため、ひいては自分のためだから。

「俺も行く」
「邪魔だ」
「剣城に何かあったら、お兄さんが悲しむから」

何を、わかりきったようなことを。

こちらに容赦無く踏み込む、それが始めは嫌で嫌で仕方なかった。どうしてこいつが同一存在なんだ、と運命とやらを恨まずにはいられなかった。でも今は、そんな所にどこか助けられている節があるのもまた事実。
一本通った芯を持ち、自分が間違っていると思ったことには決して首を縦に振らない。そして無意識なのだろうが、必要とあらば手を伸ばし誰かを、何かを助けている。

「早く終わらせたいから行くぞ」

書き込んだ地図を片手に部屋を出た。










仕事自体は何事も無く終わった。事前に考えていたルートを通り指定されていた場所で待つ人物に薬品が入った紙袋を手渡す。証拠を残さないためだろうが、すると口頭で報酬である情報を伝えられた。与えられたその情報を整理すると、実験体1号は黒、実験体2号は白。首や腕に識別コードと呼ばれる刺青が入っている。それが第一の特徴。また、最近この稲妻町で頻発している摂理を使った謎の殺人事件。その被害者に関連していることは、誰もが皆ゼロプロジェクトの関係者だということ。つまり実験体たちの目的はプロジェクト関係者を全て抹殺することなのだろう。そして一番厄介なのが、この実験体同士が同一存在であるという事実。
ただでさえ全ての摂理を扱うことが出来る存在が二人も居る。しかもそれらが互いに相乗効果をもたらす同一存在だとしたら。

いつものようにお菓子の入った買い物袋を持って病室のドアをガラリと開けた。ベッドの上で雑誌を読んでいた兄さんが俺に気付いて笑ってくれる。

「はい、いつもの」
「ありがとう。……あ、京介がホワイトチョコ買うなんて珍しいね」
「そんなの買って無いけど」
「でも入ってるよ、ほら」

そう言った兄さんの手には紛れもなくホワイトチョコが乗っていた。兄さんはホワイトチョコよりビターチョコの方が好きなことを知っているから俺はまず買わない。自分で食べようと思って買った覚えも無い。そうなると思い当たることはただひとつ。

「あー……たぶんこの前一緒に買い物行った奴のだ、嫌じゃなければ兄さんが食べていいよ」
「返さなくて平気なの?」
「後で俺が同じの買い直しておくから」

神出鬼没な人間、白竜。ふらりと現れてはいつの間にか消えてしまう。ホワイトチョコはきっとそんなあいつの買ったものだろう。だが兄さんにあいつと次にいつ会うかわからないから、とはさすがに言えなかった。

「京介が一緒に買い物に行く友達かぁ…俺も会ってみたいな、今度連れて来てよ」
「え、」
「京介の兄です、って挨拶したいじゃないか」
「いやでも、」
「楽しみにしてるから!」

「……考えておくよ」

楽しそうに笑う兄さんに押し切られる形で承諾してしまった。買い物に行った時も気付いたら勝手に消えていたのだ。兄さんに会わせるのなら今度はきちんと掴まえておかなければならないだろう。
白竜と会ったのは奴が何者かに追われていた時が初めてのはずだ。それに巻き込まれて、急に倒れたから助けたらいつの間にか勝手に消えていて、そうしたらまた今度はふらりと目の前に現れた。知らない人間なのに何故か以前どこかで会っていた気がする。いつ、どこで。それは思い出せないのに何かが引っ掛かる。


(つるぎ、)


一体何者なんだ、あいつは。




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