相互インダクタンス






『技術、威力、戦闘能力…全ての値が前回よりも大幅に上回っています』
『ですがやはり能力使用後は操力値が下降する一方です』
『身体を弄っても構わない、改良出来ないのか』
『そもそも操力を保有出来る量が低すぎます、薬品を使っても一時的にしか改善しません』

『2号といい、出来の悪い奴らだな』
『しかし2号と比べたら出来は上々でしょう』

ガラスの向こう、研究者たちは本人には聞こえないと思っているのだろうが生憎全て丸聞こえだ。唇の動きを見れば音などわかるし、摂理を使えば壁は無いも同然。感覚としては心が読める、に近いだろうか。
実験場の外で計器のディスプレイと睨み合っている研究者たちの横をすり抜け、「今日はもういい」と部屋へ帰された。ぱたぱたとサンダルの音を鳴らしながら数多の実験場の脇を通る。

『仕方ない、能力が駄目なら2号は耐久実験を行う。次は成分濃度を上げて負荷をかける』

操力の使いすぎで頭がふらふらする。研究者の言葉は反響するし視界は歪んで足下が覚束無い。あぁ倒れそうだ、そう思った瞬間だった。
施設内にけたたましいサイレンが鳴り渡り、爆発音にも似た音が聞こえた。何となく行かなければいけない予感がしたので音の方へと歩いていたら、割れたガラスの奥に見えたのはやはり白い実験体。腕に、首に、刻まれている刺青は自分と同じ実験体であることを示していた。

「あのままじゃ…」

研究者たちが「失敗作」だと口を揃える存在、実験体2号。白くて綺麗な彼を初めて見た時、僕は思わず目が離せなかった。
愚かな奴らはまだ知らないのだ、同一存在である僕たちを一緒にすれば互いの欠点を打ち消し合えることを。操力の少ない僕は、彼と一緒に居ることで大きな技を使ったり長時間戦っても操力が枯渇することが無くなる。彼も僕と一緒に居ることで膨大な操力をコントロール出来るようになり、安定して摂理を使えるようになる。

思わず口をついてそんな言葉が零れた。ぐらりとガラス越しの身体が倒れる。それを無理矢理立ち上がらせ、再び能力を使わせる研究者。でもあんな状態で力を使わせたら、逆に暴走する危険があるだろう。
ゆっくりと彼の手が天を指し、もう一度けたたましくサイレンが鳴り響く。次の瞬間、施設の電源が全て落ちた。ほら、言った通り。

「施設内、非常用電源に切り替わりました」
「…実験体は部屋へ戻しておけ、今日はもう使いものにならないだろう」
「データはバックアップを取ってあるからまずは早急に電源回路の回復をしろ」

恐らく電気を使おうとしたのだろうけれど、不安定な状態で大きな力を使ったものだから反発して雷が施設に落ちたのだ。非常灯が廊下と実験場を薄ぼんやりと照らしている。その中で息を切らし床へと這いつくばり、自力で立ち上がることさえ出来ない2号の傍へ僕はすかさず駆け寄った。そして軽蔑の目を向ける研究者に提案する。

「2号は、僕が持って帰っても平気ですか?」
「1号か……お前たちは棟が一緒だからな、戻しておけ」
「わかりました」

白い手を取り徐々に呼吸を落ち着かせてから立ち上がらせる。身体のどこかが触れていれば彼の操力は言うことを聞くようになる。それを知っているから手は繋いだまま。
長い渡り廊下を通り階段を一段、また一段と降りて行く。割り当てられている無機質な部屋はがらんとしていて、いつもと同じくただ静かだった。

「2号、落ち着いた?」
「たぶん…平気だ…」

彼に触れていると勝手に操力がこちらへと流れて来る。これは僕が無意識に吸収しているのか、それとも彼が一方的にこちらへ流し込んでいるのか。どちらかはわからないけれど。
しかしそれは微々たる量であり、空になった僕を満たすには時間がかかりすぎる。だから僕は違う方法を取るのだ。

「僕ね、さっきの実験で操力が空っぽなんだ」
「つらくないのか?」
「頭は痛いしふらふらしてる。だからさ、君のをちょうだい?」

首を傾げながらそう言って、返事も待たずに彼の唇へと噛み付いた。じわじわと流れて来る操力に少しずつ満たされていくのがはっきりとわかる。しかしもっと、もっと欲しいと身体が要求するものだから、しまいには彼を床へと押し倒し逃げ場を奪った。手首を押さえ付け指を絡め、舌を求めては口内をさ迷う。
彼の操力には依存作用がある。それはただ単に僕と彼が同一存在だからなのかもしれないが、僕は彼のことを求めて歯止めが利かなくなってしまう。

「…っは、あ…い、ちご…う…?」
「ん……2号、ありがとう」

操力が回復したおかげで頭がやっとまともに回転し始める。こちらとしてはそれなりの量を貰ったはずなのだが、彼の操力はほとんど減らない。それが僕と彼の違いだ。
操力が溢れるいわばプラスの彼と、操力の足りないいわばマイナスの僕。二人合わせてゼロになる。
(「二人なら究極の存在になれる」)
(初めて逢った時僕がそう言ったのを、君は覚えているかな)

「いや…こちらこそ、いつもすまない…」
「何が?助けられてるのはこっちだよ」
「そんなことは、」

声にしようとした言葉ごと飲み込んでしまえとばかりに、彼の唇を塞いだ。

「僕には、君が必要なんだ」





君が居れば、僕はこんな自分にも価値があるって思えるんだ。




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