あなたがみている世界で生きたい






「吹雪先輩」

貴方は、何を見ているんですか。





雪が溶け遅い春がやって来たこの時期。それでも夜空にはまだオリオン座が輝いているし、ゆっくりと北上した桜の開花前線もようやくここまで辿り着いた。
それなのに、あの人はまだ冷たい雪の降る冬に取り残されているみたいだった。

「どうしたの、雪村」

首を傾げていつものように柔らかく笑っているけれど、何となくどこかぎこちない気がする。どうして、なのだろう。
俺は自分が思う以上に先輩のことを何も知らない。好きなものとか、癖とか、そういうことじゃなくて。家族とか、昔の話とか、何も知らない。

「先輩は、どこに居るんですか」
「…どういう意味、かな?」
「こんなに近いのに、すごく遠くに居る気がするから」

手を伸ばして確かに掴めるのに、違和感ばかりが徐々に増して行く。触れられるのに捕まえられない、そんな感覚。
自分は今、どんな顔をしているのだろう。心配そうに俺の顔を覗き込んで来る先輩ともどかしい思いをしている自分。

「僕は時々ね、君のその勘の良さが恐ろしくなるよ」

くすくすと先輩は笑うけれど、どうやら機嫌を損ねたわけではないらしい。でも俺にはこの人が言った言葉の意味がわからなくて二の句が継げないでいる。

「どうして雪村はわかっちゃうのかな…?」
「…きっと、先輩のことを誰よりも近くで見てるから」

好きだから、憧れているから、だから吹雪先輩を一番近くで見ているのは他でもない俺なんだ。そう自負しているのだが、何か間違ったことを言っただろうか。先輩はきょとんと目を丸くしてまた小さく笑い、そしてずるずると俺にもたれかかる。

「本当、君には敵わないよ」
「どういう意味ですか?」
「うん?そのままだけど」
「よくわからないです」
「そのうちわかるよ。そうだ、さっきの答え」

顔を上げた先輩の指が、ゆっくりと俺の指と絡む。大きな大人の手と小さなまだ子供の手。
よく見たら泣きそうな顔をしてる、そう思って手を伸ばそうとするがそれは空いていたもう片方の手に掴まって阻止される。

「雪村がこうしてくれる限りは、僕は君の傍に居るよ」

指先にくれるキスがいつもより優しかったから、お返しとばかりに自分からもキスをした。





ひらひら、ふわふわ。どこか浮いていて飛んでしまいそうな貴方を掴まえる。その視界に映るものと同じものが見たいから。
だから少しでもこの人の多くを受け止められるようにと大きく腕を広げた。










title:寡黙(旧:hmr)さま




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