愛よりも唇がほしい
僕が「好きだよ」と言っても白竜はいつも「そうか」と返すばかりで、正直とても不満である。気持ちを全て言葉にしなければ伝わらない、そんな温い関係ではないけれど。それでも時々声に出して「好きだ」と言って欲しい。言われたいのだ。
「白竜、好き」
「知ってる」
「君は僕のこと、好き?」
「嫌いじゃないな」
まるで問いただすみたいに迫っても、案の定いつも通り流される。視線は手元の携帯電話とやらから動かす気も無いらしく、こちらをちらりとでも見やしない。それが余計に腹立たしい。
たぶん相手は剣城なんだろうけど、僕は見えない相手に完全なる敗北感を味わっている。だからいくらか仕返しをしてやるのだ。僕のことを放っておく白竜が悪い。
(ねぇ、君の目の前に居るのは、僕でしょう?)
「――…でも、僕のことを見ない君は嫌い」
「は?」
ガタンと大きな音を立て、些か強引に彼を床へと押し倒す。きつく握りしめた腕を頭の横に固定し、顔をぐっと近付ける。触れるか触れないか、そんなギリギリの距離まで。
「そんなに他の奴が良いなら、いつだって手放してあげる」
「シュウ…?」
「引き留めないから帰って来なくて良いよ」
「お前っ、何言って…」
「大っ嫌いな白竜、じゃあね」
とびっきりの笑顔を浮かべながら掴んでいた腕を一瞬で離す。彼の上からゆっくりとベッドに移動してひらひらと手を振ろうと、した。
だがしかし離したはずの腕を逆に掴まれてしまい、それは阻止される。
「嫌だっ…!」
「…何が?」
「シュウと一緒に居たい、これからも」
手が、声が、僅かに震えて必死そうだった。僕に嫌われまいとする様子に思わず口角が上がる。なかなか見れるものではないし、たまにはこうして追われるのも悪くない。
でも、もう一度突き放してあげよう。簡単には許してあげない。
「言ったよね?僕のことを見ない君は嫌い、って」
「俺はお前が好きだ」
「嘘をつく君も嫌いだよ」
「嘘じゃない!」
真っ直ぐな彼の眼に、折れそうになる自分の心を叱咤する。何のためにこんなことをしたのか、忘れたわけでは無いのにどうもこの眼には弱い。
小さく溜息をついて僕の人差し指を白竜の唇に押し付ける。
「嘘じゃないなら、キスして?」
「ど、どうしてそうなる!」
「僕のこと嫌いなら別にしなくていいけど」
言葉で示してくれないのなら行動で示して欲しい。向けられる痛いくらいの視線を笑顔で受け流し、待つこと暫し。
ぐるぐると目線を泳がせていた彼が漸く決心したみたいで、ゆっくりゆっくりと間隔を詰めて来る。
その距離あと5cm、3cm、1cm――
「…これで、わかったか」
「うん、白竜可愛い」
「そんなことじゃなくて、」
「可愛い可愛い…!ぎゅーってしたらもう一回して?」
「もうしない!」
触れるだけですぐに離れてしまったからすごく物足りないけど、白竜があまりにも可愛いから特別に許してあげよう。
ぎゅうと彼を抱きしめたまま床に倒れ、首を傾げてねだりもう一度キスをした。
嫌いだなんて嘘だよ、手放してあげるなんて嘘だよ。そんなこと一言も言ってなんてあげないけど、それでもいいよね。
「スキ」という君の言葉より、今は君からの「キス」が欲しいから。
title:寡黙(旧:hmr)さま