ひとつ、だけでいい






時々不安になる。俺はシュウの足枷だから、いつか鎖を断ち切られたらあいつが俺の前から居なくなるんじゃないかって。シュウの居ない環境なんて生きられない。それは傷の自己修復が出来ないからじゃなくて、精神的に俺がシュウに依存しているから。
朝の日差しに目を覚まし時計を見れば6時数分前。朝食の用意をしなければ、と起き上がるがそれより前にシュウに触れたくて手を伸ばした。

「シュウ」
「ん…どうしたの、白竜…」

この手が欲しい、冬の夜空のように綺麗な眼が欲しい、甘く柔らかい声が欲しい。シュウが欲しい、シュウが欲しい。夢見があまり良くなかったからか口を開いたらそんなことばかり言ってしまいそうだ。
だからゆっくりと取った手に指を絡め彼の指先に口付ける。言葉が零れないように押さえた、に近いだろうか。

「何、朝から誘ってるの?」
「ちっ、違う!」
「でもそういう風にしか見えないよ?」

そう言いながら首を傾げキスをねだってくるものだから、断る理由も無くて仕方なく与えてやった。ズルリ、操力が持って行かれる感覚が断続的に続く。一度捕らえられた舌は逃げることを許されずシュウの気が済むまでされるがまま。
手を繋いだり触れることでも操力の供給は可能だが、こうして人工呼吸のように直接分け合った方が実は効率が良い。但し分け合うとは言っても一方的に俺が与えているだけではあるが。でもこれが、こいつが俺を必要としてくれる理由。

「…あぁごめんね、跡いっぱい付けちゃった」
「は…?」
「こことか、こことか…あとこの辺にも付けたかな」

指先が首や鎖骨をなぞる。かろうじて鏡を使わなくとも見える腕に視線を移すと、そこにはくっきりと残る鬱血した跡があった。
腕にはひとつふたつ。しかしそれ以外にも首などにも付けられているのだとしたら、全部で一体いくつになるのだろう。はたとそんなことを考えてしまい、何の意味も無いのに慌てて首を押さえた。

「ふふっ、君があまりにも可愛かったから加減出来なかった」
「だからって、物事限度があるだろう…!」
「さぁ?どうだろう」

昔からそうだ、悔しいがシュウに口では敵わない。戦いにおいても何があってものらりくらりとかわしては隙を見付けて的確に押さえてくるスタンス。突き付けられた切っ先は何度この首を掠めたことか。
弱肉強食、バトルロワイヤル方式で行われた一般的な操力者と実験体による殺戮実験。最後に生き残ったのはもちろん俺たちだけ。

「ほら、朝御飯にしよう」

赤黒い血に汚れ、言われた通りただただ人を殺し続けた。腕を折り、脚を斬り、首を突いては胸を抉る。考えれば狂ってしまいそうなほどおかしな世界だったが、それが当たり前だと思っていたから当時は感覚が麻痺してしまっていた。
それでも今このことがトラウマになっていないのは、プロジェクトや研究者に対する復讐心といつだって隣にこいつが居てくれたから。

「シュウ」
「ん?」
「何でも、ない」
「…どこにも行かないよ」

俺が飲み込んだはずの言葉をまるで見透かしていたかのようにそう言われる。だから「知っている」とだけ返してキッチンに向かった。
同じだけど同じじゃない、でもやっぱり同じ存在。違う個体だから触れられる、同じ存在だからより依存出来る、シュウだから好きになれるのだ。










日差しはさほど強くないがそれでもいい天気ではあったのでふらりと街へ出掛けた。特に目的も無く気の向くままあちらこちらと歩き回っていたその時、見付けた制服姿の人間の名前を呼んだ。

「剣城っ!」

俺の声に気付きキョロキョロと周りを見渡すが生憎同じ高さには居ない。もう一度名前を呼び、上を見上げたあいつと目が合うと同時に歩道橋を飛び降りた。
意味がわからない、とでも言いたげな表情を横目に軽く着地してみせる。以前会った時のように高層ビルほどの高さからではさすがにこうはいかないが、歩道橋程度の高さならば生身のままでも問題無く飛び降りることが出来る。

「…白竜、と言ったか…?」
「そうだが、よく覚えていたな」
「あんなことがあったんだ、記憶に残らないわけないだろう」

剣城と会ったのは一週間ほど前の話で、その時は丁度一人でプロジェクト関係者に追われているところだったはずだ。しかし正確にはプロジェクト関係者というよりその事実を抹消したがっているどこかの国家機関の人間だったと思う。
俺たちの為に多大な数の人間が裏で動き無駄に死んでいく。だから最近は特に一人で行動している時を狙って殺しに来るのだが、残念ながらそんな簡単には亡くなってやらない。

「追われてるかと思えば勝手に倒れるし勝手に消えるし…」
「む、今日はつけられてないぞ」
「そうか、とりあえず場所を変える」



「買い物に付き合え」

人の多い大通りを過ぎてこの街一番の広大な敷地面積を誇るショッピングモールに連れて行かれる。存在は知っていたが初めて入るまだ新しいこの施設は驚くことばかりだった。
小綺麗な雑貨や家具、見たことの無い洋菓子や和菓子、様々な趣向を凝らした店の造り。見るもの見るもの全てが新鮮で飽きない。

「剣城!すごいなここ!」
「来たこと無いのか」
「人の多い屋内施設には基本的に行かない、逃げるのに不便だからな」

自分たちの動きが取りづらいのももちろんあるが、戦うことになると否応なしに周りの人間を巻き込んでしまうという理由もある。なるべくならあまり無関係の者まで殺したくない、シュウにも必要以上に手を汚させたくない。だからこういった場所は最初から避ける。
剣城が何か言いたげに一瞬口を開き、しかしその言葉は音にならず飲み込まれてしまった。彼は俺の少し前を歩いていたが、不意にこちらへ向き直し言い放ったのは予想もしていなかった台詞。

「…とにかく何かあっても銃は使うな、操力で対応しろ」
「はっ、何故貴様に指示されなければならない」

多少驚いたが理由がわからないわけではない。操力なら一般人には知られずにことを済ますことが出来るが、拳銃ではそうはいかない。発砲音は大きいし周りの人間に迷惑をかけることになる。
それよりも俺が銃を持っているのをこいつが気付いていることの方が驚愕だった。前に会った時も薄々感じていたが、やはりただの人間ではないのかもしれない。

「じゃあ黙って俺の側に居ろ、俺が応戦する」
「は?」
「お前にはこの前の借りがある」

はぐれないようにと腕を掴んで来た手を、どうしてなのか俺は振り払えなかった。こいつは他人だ、それも一般操力者、そして何よりシュウじゃない。

「…仕方ないから貴様の借り返させてやる」

シュウじゃないのに、自分の中でざわざわと煩くしていた操力が凪いだ海のように静かになる。これは、何でなのだろう。
だが欲しい答えはまだ見付けられそうになかった。




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