後、跡、痕






『剣城ならもっと上手く出来る』



『剣城ならこんなことはしない』



耳にタコでも出来そうなくらい繰り返し聞いた言葉。僕だけが知らない、どこのどいつともわからない人間と比較され続ける腹立たしさ。彼は僕の機嫌を逆撫でするのがやはり相当好きらしい。
だから今日も彼の部屋に押し掛け無理矢理中に入る。引き留めようと伸ばされた白い腕を逆に掴み、ベッドに向かって殴り倒した。

「僕が何をしに来たか、わかるよね?」
「そんなもの知るか」
「じゃあ馬鹿な君にもわかるように教えてあげるよ」

別に今日が初めてというわけじゃない、わかっているくせに知らない振りをする意味はどこにあるのか。しかしそんなことはさておき、逃げられないように持参した紐で押さえ付けた腕を縛り上げた。少し食い込んでしまうくらいきつく、簡単に解けないくらい固く縛る。

「い、たい…っ、」
「痛くしてるんだから当たり前でしょ」

手首に痕が付くことなんて明白だったけれど、明日は外出許可を貰って島の外に出掛けるみたいだったからそんなこと気にしない。どうせまた会いに行くんだ、"ツルギ"って奴に。
残酷な人だね。どうして君は目の前に居る僕じゃなくて、君を捨てた他人ばかり見ているの。

「腹が立つ、何なの、君」

馬乗りになったまま、カチカチと貸してもらったカッターとやらの刃をいくらか出し白い肌の上を滑らせた。痛みに歪む顔、小さく上がる悲鳴、ゆっくりと溢れ出る鮮血。思わず傷口に舌を這わせた。うん、不味い。

「はっ、八つ当たりか?くだらない」
「そうかもね、でも理由なんてどうでもいいよ」



「君を殴りたいから殴る、切りたいから切る、それだけ」

思い切り体重をかけたら彼の身体がミシリと軋む。でもそれだけじゃつまらない。踏みつけて蹴り飛ばして、魔王の斧でも出す勢いで踵を落とし鈍い音が鳴ったらこっちのもの。今の音だと肋骨が二本くらい折れただろうか。
苦痛に呻く声を聞いて緩む僕の顔。切ったのとは反対の頬を何度か叩き真っ赤に腫れたところで腕に爪を立てる。爪が肉を抉るくらい強く深く、まるで獣のように。

「いっ…!…っあ、ぐ…」

痛いのなら苦しいのなら止めろと言えばいいのに、手に負えなくなるほど抵抗してみせればいいのに彼は何ひとつ動きを起こさない。ただ唇を噛んで呻き声を上げる、それだけ。
そんなことをされると勘違いしてしまいそうになる。彼の好意が少しでも僕に向けられているのではないか、と。

「…シュ、ウ…」

縋るような声で僕を呼ばないで。
求めるような目で僕を見ないで。
普段はこちらのことなど見向きもしないくせに、どうしてこの時ばかりは僕だけを見てくれるの。白い身体を痛め付けるこの瞬間だけ、僕は君の世界に存在出来る。
だから腹が立って苛立つのももちろんだが、こっちを見て欲しいから傷付けるのだ。

「馬鹿みたいだ、君も僕も」

好きだと言ったことはないし言うつもりもない。なのに彼が他人のことばかり見て勝手に理想像を押し付けられることに一人で立腹している。あぁ本当に馬鹿みたい。

好意を伝えたら僕を見てくれるようになるかもしれない、でも逆に今の関係を壊してしまうかもしれない。ならば僕は彼に手を上げ続けようじゃないか。そうすればこうしている間、彼は僕の手が届く範囲に在るから。
きっとそんなことは無いけれど逃げそうになったら彼の足を折ろう、歩けないほどに酷く。恐怖という名の闇で支配しよう、彼を。

「僕よりもずっと馬鹿な白竜、いつか引き摺り込んであげる」



「この痛みが麻痺した頃にね」

まだまだ気が済まなくて痕が付くほど強く首を絞めてやった。




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