信は荘厳より起こる






黒と白の実験体。施設で何度か見かけたことがあるから少しは覚えている。たしか黒い方が1号で白い方が2号、自分とは違う目的で作られた操力者。
(そもそも、どうしてプロジェクトは終了したんだっけ…)
ゼロプロジェクトが終わったのは10年くらい前の話だ。でも何故終わったのか、その理由を俺は知らない。そこだけ記憶が無くて、あの日気が付いたら吹雪さんが泣きそうな顔して「一緒に暮らそう?」って言ったのだけは覚えてる。

携帯の光がチカチカと未読受信メールの存在を告げる。開けばそこにはあの人からの、何てことはないただの日常的なメール。「今日のお弁当はどうだった?」とか「お昼に作ったピザがすごく上手く焼けたんだ」とかそんなことばっかり。家に帰れば好きなだけ話せるのに、それでもわざわざ文章にして送ってくれるのが実は嬉しいのだ。
パタンと携帯を閉じた途端、周囲の温度が下がった。不審に思って空を見上げれば、空気中に含まれる水分が圧縮されて冷え固まり鋭利な氷柱が俺に向かって降り注ぐ。しかし密度が薄い、高く巻き上げるように地吹雪を起こせば氷は全て壊れるレベルだった。それと同時に目の前へひらりと舞い降りた黒白。

「誰だ」
「ほら、やっぱり氷じゃ勝てないって」
「知るか」
「久しぶり、試験体」

一人は褐色の肌に漆黒の髪、もう一人は白磁の肌に雪白の髪。一瞬で記憶がフラッシュバックする。見間違えるはずもない、彼らが例の、"ゼロプロジェクト"の実験体1号と2号。
同一存在は二人で一緒に居た方が能力も威力も乗算される。しかも彼らは普通の操力者ではなく、人工的に作られた全ての摂理を扱える理想の操力者。まともに戦って生きて帰れるかと聞かれたら、至極難しいだろう。そんな相手だ。

「覚えてるよね?僕は実験体1号、シュウ」
「俺は実験体2号、白竜」
「何の用だ…!」
「お前はよくあんな奴と生活出来るな」
「"あんな奴"って、吹雪さんのことか?」
「それ以外に、誰が」
「殺さない理由はわかるよ、同一存在だもんね」
「違うっ!」

即座に否定した。同一存在だから殺さないんじゃない。確かに昔は研究そのものを、彼らと同じように関係者全てを恨んでいた。でもあの人だけは初めから違ったんだ。検査や実験の時はえらく冷えきった目で俺を見るくせに、終わるとすぐに笑って自分で付けた俺の名前を呼んでくれた。
少し体を捻り、それに合わせて円を描くように水平に腕を振ればそこに大小無数の氷柱が出来る。密度はほぼ100%、簡単には壊れない。弾くように振り切った腕を戻し氷柱を相手へ打ち付ける。

「戦うつもりじゃないんだけどなぁ」
「あの人と居るのは、そんなちっぽけな理由じゃない!」
「殺すか」
「駄目だよ白竜、もっと利用価値がある」

飛んで来る氷柱を避けては壊し、余裕まで見せる姿にはさすが実験体としか言わざるを得ない。縦横無尽に動き回っているはずなのに息ひとつ乱さない。同じように作られているはずなのに違いが大きすぎるのは、やはり根本的に目的が違うからだろうか。
二人がゆっくりと腕を伸ばし、吹き抜ける温い向かい風。しかしそれは瞬く間に温度を上げ、たちまち灼熱の熱風となり氷柱を溶かす。

「ねぇ、でもそんな人間が君を利用してるとしたらどうするの?」
「そんなことするはずない!」
「あいつらは俺たちを利用しては平然と捨てる」
「吹雪さんはそんな人じゃないっ!」
「だって何の為に定期的にデータを取られているのか、知ってる?」
「そ、れはっ…」

耳を貸すべきではないとわかっているのに言葉は止めどなく流れ込む。確かに俺は自分のデータが何に使われているのかほとんど知らない。検査を受けて薬を打って、それにより健康と能力を維持しているとは聞いているが、薬を切らしたことが無いからそれが本当かどうか俺は知らないのだ。しかもほぼ毎回使われる身体に負担のかかる薬、あれを使う理由も知らない。
今まで疑問にも持たなかったが、こう考えると知らないことばかりじゃないか。ぐらぐらと信じていたものが揺れる。嫌だ、違う、否定したいのにしきれない。

「処分されるはずだった俺たちが生きている、これが証拠だ」










あの後、結局二人はそれだけ告げて何処かへ帰ってしまった。どんな意図があって俺に接触してきたのかは結局わからないまま。
家に帰って吹雪さんの顔を見たら、そんなこと有り得ないってわかってるはずなのにすごく怖くなって思わず抱きついてしまった。それからというもの、今日は吹雪さんにくっつきっぱなしで離れたくなかった。

「今日はどうしたの?」
「…別に、何も」
「あんまり可愛いことしてると食べちゃうぞー」

がおー、なんてこと言いながら俺の首筋に歯を立ててくる。突然のことに驚くものの歯形を付けることなどはなく、甘噛みを繰り返すだけ。
しかし次第に跡まで付け始めたので慌てて制止の声を上げようとしたが、それはいつもより少し低い声に遮られた。

「…今日、操力使ったでしょ」
「何でそのこと、」
「君が特殊だから僕たちは普通の同一存在じゃない。だからすぐわかるよ」

"吹雪士郎"という人間の遺伝子データを元に作られたクローンが自分である"雪村豹牙"だ。確かに特殊であることに間違いは無い。親子の場合なら子供の遺伝子は両親のものを半分ずつ合わせた形になる。だが俺はクローンだから実験により一部が改変されてはいるものの、全部が吹雪士郎で出来ているに等しい。
それでいて同一存在なのだ。お互いのことは手に取るようにわかる、そのことをうっかり忘れていた。しかし今昼間のことを伝えたら確実に心配されるだろうし、何より疑問の答えを聞く勇気がまだ無い。

「……」
「僕に言えないこと?」
「…あのっ…落ち着いたら話す、から…もうちょっとだけ…待っててください」
「うん、わかった」

だけど作られた命でも構わないと思えるくらい、貴方は俺にたくさんのものを与えてくれたから。だから俺は、貴方を信じたい。




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