歌は世につれ世は歌につれ






少しばかりショートカットしようと普段は通らない道を通った時だ。
綺麗な声が聞こえた。思わず足を止めて聞き入ってしまったそれは、どこの国の言葉かもわからない言語で丁寧に歌われた優しい歌謳。きっと誰かを想って、届けようとした言葉の波が詠となって零れ出したのだろう。
樹の上で楽しそうに歌う黒い彼の周りには鳥が集まる。まるでお伽噺のお姫様みたいだった。しばらくしてゆっくりと歌が一区切りついた所で黙ってもいられずつい声をかけた。

「綺麗な歌だね!」
「…君、僕が見えるの?」

首を傾げて笑う彼は、不思議そうに言った。でも見えているものは見えている。幽霊が見えたことは今まで無いはずだし、それに見上げた彼は足もあるしどう見ても人間だ。

「見えるよ、それとも君は幽霊なの?」
「ぷっ、あはははっ!」
「えっ、何!?俺おかしいこと言った!?」
「幽霊じゃないけど、当たらずとも遠からずだよ」

突然笑い出したその声に驚き、慌てて自分の発言を頭の中でリピートした。しかしそれでもおかしいとような箇所は思い当たらない。
くるりと樹から降りて太陽の下で見た彼はそれでも黒かった。褐色の肌に漆黒の髪と瞳、ひらひらと裾の長い民族衣装のような黒の服。

「君面白いね」
「そ、そうかな…?」
「ねぇ、僕はシュウ。君は?」
「松風、松風天馬だよ」
「天馬ね。うん、覚えた」

昼間なのに闇に溶けてしまいそうな、そんな色。でも時折見えるきらきらとした光は一体何なのだろうか。
シュウと名乗った彼は、肩に乗ったままだった小鳥をそっと空に放した。鳥は羽ばたき蒼い空を飛んで行く。その様子を黙って見つめていた。










「天馬は操力者でしょ?」
「そうだけど…何でわかったの?」
「だから僕が見えたんだよ」

最近この操力というものに目覚めた自分としては、正直まだまだ何もこの力について知らない。わかっているのは、操力というものは精神力の一種で使い過ぎると体力などが大幅に削られるということ。それと操力は一人に対して一種類だけだということ。だから俺には風を使うことが出来る能力があるが、風以外は操れないということになる。
シュウが言ったのは摂理を操る能力を少し工夫すれば姿を消す、つまり気配を消して一般人には気付かないように行動することが出来るということらしい。だから人通りはあるものの、誰にも気付かれずに彼は歌っていた。

「風にね、自分がどうしたいのかをはっきりと伝えるんだ」
「どう、したいか…?」
「そう。何を守りたいのか、何をしたいのか」

自分の意思は何だろう。ふと考えるが明確なものは浮かばない。初めてこの力を使った時はただ、友達を助けたかっただけ。

「シュウは何をしたいの?」
「うーん…」
「あっ、言いたくなければ別にいいからね!ただ聞いてみただけだから!」

ある人は家族の為に、ある人は大切な人の為に、ある人は平穏な日常の為に。では隣に座る彼は何の為に力を使うのだろうか。気になって思わず聞いてしまった。
自分としては軽く聞いただけであったが、予想以上に彼が悩んでしまったから慌てて一言付け加える。しばらく沈黙が続いたがそれを破ったのは悩んでいた彼だった。

「僕はね、同一存在の子と、その子との生活を守りたいんだ」
「うん」
「でもそれを許してくれない人が居るから、僕らは抵抗する」

「彼を守れるなら僕は手段を選ばないよ」

はっきりとそう言い切ったシュウは綺麗に笑った。そして俺が何か言おうと口を開いた途端、彼が突然立ち上がる。どこか遠くを見ながら不安そうな顔をして、必死に何かを探しているみたいだった。

「――行かなきゃ」
「…シュウ、どうしたの?」
「ごめんね天馬、僕行かなくちゃ」
「う、うん」
「またそのうち会えるよ」

鳥が一声鳴いた。その声を合図に樹で羽を休めていたであろうたくさんの鳥たちが一斉に飛び立つ。そんな非日常的な光景に目を奪われていたら、もう隣に彼の姿は無かった。




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