白雲の郷からの使者






兄さんの足が治るのなら正直何でも良かった。どんなことでもやろうと思っているし、やったのも事実。俺は兄さんが笑ってくれるならそれで良かった。
だから手術費を出してくれる代わりに"ゼロプロジェクト"と呼ばれる研究の真相を掴み、その研究成果とも言うべき実験体二体を生け捕りにするか消してしまえ、と言われても特に何も思わなかった。仮に手を汚すことになっても構わなかったから、ただ「わかりました」と返事をした。

「じゃあ明日また来るから」
「うん、気を付けて帰るんだよ」
「わかってるよ」

笑っていつも通りひらひらと手を振る兄に小さく手を振り返し、ゆっくりと病室のドアを閉めた。顔馴染みの看護師さんたちに軽く挨拶をして病院を出る。外はまだ明るく河川敷などでならまだサッカーの自主練習も出来るだろう。

仕事として与えられたものの、結局の話"ゼロプロジェクト"については何も聞かされなかった。関係者も目的も、実験体の特徴ですら。恐らく関係資料は全て破棄されているのだろう。それならば尚更手のかかる仕事故に報酬も多い。こちらとしては有難いことだった。
ビルが建ち並ぶ大きな交差点を渡り商店街を通り抜けようとそちらに足を向けた時だった。

「避けろっ!」

突如聞こえた声に顔を上げればビルの屋上から降ってくる白い何か。それもよく見れば人が落ちて来る。落下地点は垣根も植木も何も無いタイルを敷き詰めた地面だ。このままだと地面に叩きつけられぐちゃりと醜い肢体を晒すことになるだろう。
流石にそれは夢見が悪いから無視してこの場を去ろうとしたが、何故かそれが出来なくて次の瞬間には走り出していた。

(間に合う、か…?)

白い人間はもう地面まで数メートルの位置まで落ちて来ている。間に合うかどうかわからないが手を伸ばしたその刹那、上昇気流のような強い風が局地的に吹き抜けた。その風を利用し、猫のようにひらりと着地した白。
そいつが息を切らしすぐさま後ろを振り向けば黒服の大人がざっと数十人、周りを取り囲み俺をも巻き込んで拳銃を突き付けた。このままだと一緒に撃たれる、そう思ったら白い奴は嘲笑うように言った。

「はっ、いいのか?そいつは一般人だぞ」
「……っ!」
「民間人を巻き込むなんて国家もずいぶんと落ちぶれたもんだな」

黒服の拳銃を持つ手が動揺して安定しなくなった。その僅かな変化を見逃さず白い奴は所持していた日本刀を抜き、一気に辺り一帯を薙ぎ払う。俺が居て振り切れなかった部分は空いた手で取った拳銃を使い撃ち抜いた。無駄の無い動きから目を離せず、自分が巻き込まれていることも忘れて他人事のようにその光景を眺めていた。
倒れた奴らの服で刀の汚れを拭い、ゆっくりと納刀した彼は遠くから聞こえるサイレンの音に小さく舌打ちした。

「ここだと時期に増援が来る、お前は早く逃げろ」
「言われなくともこんな所、」

不意にぐらりと目の前の白い身体が揺れ、倒れそうになるのを咄嗟に受け止めた。過呼吸のように息を乱す姿、先ほどまでのやり取りを考えればこいつは何者かに追われている身なのだろう。

「おい!おいっ!?」
「…く、そっ…また…」

素性はわからない。だが頭が考えるよりも先に身体が動き出していて、気が付いたら彼を抱えて走り出していた。




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