舞い上がったカレンシー






休憩時間、携帯が音を立てる。ディスプレイには愛しいあの子の名前。用件だけの短いメール内容は晩御飯のパスタの味。『カルボナーラ』とだけ並んだ文字を映す画面に思わずキスをした。

昔は料理なんて味噌汁やカレーが少し作れるくらいでほとんど出来ないに等しかった。でも雪村と生活するようになってからはそんなわけにもいかなくて、どうにかこうにか料理を覚えた。
やっぱり「美味しい」と言ってもらえたら、すごく嬉しいし二人で食べる御飯は格別だった。

「仕事中なのに顔緩んでるよ、吹雪君」
「え……って、ヒロト君っ!?」

短い休憩時間を終えて仕事場に戻ればカウンターには見慣れた顔。少し癖のある赤い髪、メガネをかけて涼しげに笑う彼は元同僚。和風パスタをくるくるとフォークに巻いている。
一緒に仕事をしなくなってからは長いが、連絡は取り合っているし定期的にこうして顔を合わせているから久しい感じはあまりしない。

「そうそう、あの子は元気?」
「身体も異常無いし能力も申し分無い」
「君が手をかけてあげてるから、でしょう?」
「僕の義務だよ、雪村に普通の生活をさせてあげるのは」

僕も彼も操力者を作り出すゼロプロジェクトの元研究者。故に彼は雪村のことを知っている。器として試験的に作られた数体のクローンのうち、問題無く育った唯一の一体が雪村。
唯一の成功作だったから相当の無理をさせていたのは事実。その反動として健康や能力に歪みが生じてしまい、定期的に薬を打たないと日常生活に支障が出るレベルまで悪化してしまうようになってしまった。
それを知ってもなお、あの子は僕を慕ってくれる。好きだと言ってくれる。そんな身体にしたのは僕ら研究者たちなのに。

「本当にね、可愛くて愛しくて仕方ないんだ」

嫌われても、恨まれても当然なのに雪村は僕に文句ひとつ言わない。施設を出てから昔は検査を逃げ出すことがあったけれど、以前一度だけ倒れたことがあってそれ以降は逃げなくなった。
雪村が怪我をしたら、雪村が病気になったら、雪村に何かあったら、僕は。あの時は本当に心配して心配して、子供の心配をする親ってこんな感じなのかな、なんてことを必死な頭の片隅で思った。

「…吹雪君」

「今日は伝えなきゃいけないことがあって来たんだ」
「良くない話なら…聞きたくないなぁ」

最近周りで何かが起こっていたことは気付いていた。気付いていながら気付かないフリをし続けていた。
(雪村との日常を邪魔されたくなかったから)

「残念、その通りだよ」

でももう逃げ続けることは許されないみたいで、彼が悲しそうに笑って告げる言葉を静かに聞いていた。










「ごちそうさまでした」

綺麗に食べ終えた皿を前に丁寧に手を合わせてそう言った彼に、おそまつさまでした、と返した。皿を片付けながら昼間ヒロト君から聞いた話をいつ切り出そうか考える。
しかし何かあってからでは遅い、そう思ったからすぐに伝えることにした。片付けを終えてソファーに座る雪村の隣に同じく座り、テレビを消した。

「あのね、雪村」
「何ですか?」
「最近、実験体がプロジェクト関係者を殺し歩いているらしいんだ」
「実、験体…?」
「"ゼロプロジェクト"…その中で、君の後に作られた操力者」

"プロジェクト関係者"ということだけに括れば雪村だって巻き込まれかねない。実験体と同じく後から見れば被害者側ではあるが、彼はプロジェクトの試験体だ。
"ゼロプロジェクト"の名前に反応したのか、彼の肩がびくりと震える。今まで僕が知らない顔をし続けていたのは、彼に昔のことを思い出させてしまうから。だから本当はあまり言いたくなかったのだ。でも今はそんなことを言ってもいられない。

「覚えてる?」

「黒と白の二人の実験体を」




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