雨降り、君と二人






どうして出来ないんだと言われたら、それは俺にもわからない。何度怒鳴られたって作ったのはお前たちだ。
両手じゃ数え切れないほど死にそうになったことがある。傷口が塞がらなくて血が止まらなくて、失血死しそうになったり。はたまた抗体が作れなくて薬に殺されそうになったり。

「大丈夫?」
「…っは、こ、れ…くら、い…もんだ…な、いっ…!」

身体がギシギシと音を立てて軋むのがわかる。骨が折れる、だが自分の治癒能力が低すぎて回復が追い付かない。立ち上がることも出来なくて地面を這いつくばり、整わない呼吸を必死に繰り返す。そんな中聞こえた声の元に顔を向けるが、瞼が重くて顔がよくわからない。
それよりもこんな所、研究員に見付かったらまた言われるに決まってる。

『――これだから失敗作は、』

そして溜め息をつかれて、モルモット同然に扱われて、いつかゴミとして捨てられてしまう。

「痛いよね。わかるよ、同じだから」
「は…?」

そっと触れて来た手から流れてくる操力。骨は音を立てることを止め、治癒能力も上がり少しずつ折れた箇所から繋がっていく。それと同時にコントロールし切れなかった自分の操力が言うことを聞くようになった。
漸く開くようになった目で見えたのは首に入れられている識別コード。そこから彼が同じ実験体であるということは一目でわかる。
褐色の肌に綺麗な黒髪、自分とは何もかも正反対だった。

「君には特別強い薬が使われてる。失敗作でもどこまで耐えられるのか調べてるんだ」
「黙れっ…!俺はっ、俺は失敗作なんかじゃ…」

ぐらり、正位置だったはずの世界が急に向きを変え牙を剥く。
失敗作だと、認めてしまえと言われているようで腹立たしい。だがそんな抵抗も虚しく薬が着実に身体を蝕んでいくのだ。電気が走るような痛みが全身を駆け抜ける。

「違う…っ!お、れは…失敗作、なんかじゃ…」
「君には僕が居るから、もう大丈夫だよ」

再び触れて来る手から痛みが溶けていく。
本能が伝えていた。彼が自分の同一存在であると。

「二人なら究極の存在になれる」















「白竜、お風呂あがりにソファーで寝てたら風邪引くよ?」

名前を呼ばれた気がしたからゆっくりと重い瞼を上げれば目の前にシュウが居た。ぺたりと水分を含んだ髪をタオルで拭きながら、アイス片手にのんびりと笑っていた。食べる?と食べかけのアイスを差し出されたから一口だけかじりついた。
ふわりと掠めたシャンプーの香り。同じ部屋に住んでいて、同じものを使っているのだからもちろん同じ匂いがする。

「今日は煩い奴だったな」
「騒ぐし喚くし。仕舞いには泣くんだもん、呆れちゃった」

泣いて、命だけは許してくれと懇願するのだ。自分が研究員だった頃はこちらがどれだけ泣いても決して止めることなど無かったのに、人間なんて所詮都合のいい生き物だ。
無力なのにいつまで経っても煩かったから、近くの工場にあった鎖で首を絞めておしまい。人工物を操力で操るから殺人事件を起こしても足はつかない。

「自分が作ったくせに化け物だと」
「本っ当に、みんな死ねばいいんだ」

プロジェクトに関わった人間を消して消して、それでもまだのうのうと生きている奴らが居るから報復は終わらない。
でも時々思ってしまうのだ。こんなことをしなくても、シュウと二人で"普通"といわれる生活を誰にも邪魔されず続けられれば、それでいいんじゃないか、と。少なくともそう思っている自分が居るのは確かだ。
操力がぐるぐると部屋の中を渦巻き、何やらよくわからないものが壁をすり抜けて現れ始めた。シュウの感情が良くない方向へと激しく振れたから、その影響である。

「シュウ、抑え切れてない」

手を取り引き寄せ、ゆっくりと隣に座らせる。丁度良い高さにある肩にずるずるともたれかかり、黙って体重を預けた。

「明日は、買い物に行く」
「…うん」
「雨降らないといいな」
「…降ったら…君とひとつの傘に入るんだ」

徐々に表情が柔らかくなり、楽しそうに俺の手に自分の指を絡めて笑うのを見てから天井に視線を上げれば、先ほどまでの不可解な現象は収まっていた。不可解というよりは、操力によって常世と現が繋がり魂が視覚化されて操れる状態になっていた、と言う方が正しいが。

「降り注ぐ雨は君の心を映す喜びの涙、厚き雲は僕の心を表す慕わしき感情」
「蛇の目傘をくるりと回して愛しき彼の手を取り、終わり無き永遠なる旅に出る」
「辿り着くそこは遥かなる楽園」

シュウの理想としている世界と、俺が理想としている世界は平行した別物かもしれない。それでも俺は隣に在ることが出来るなら、それで良かった。
あの時虫の息だった俺を救ってくれたのは、紛れもなく彼だったから。

窓の外に見える空は、雨が今にも降りだしそうだった。




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