白銀ユニバース






唇が乾く、空気中の水分量がいつもより少ない。今日は普段より乾燥しているから、とタイマーをセットして加湿器のスイッチを押した。

「雪村ー?まだー?」
「今行きます!」

月に一度の定期検査。前は半年に一度だったのに年齢が上がるとリスクも上がる可能性があるから、そう言われて検査の回数を増やされた。
検査は痛いし苦しいから本当は受けたくない。

「吹雪さん、検査行きたくないです」
「高校生にもなって我儘言わない。終わったら何でも付き合ってあげるから、ね?」

でも昔々に検査を途中で逃げ出して、薬が抜ける前に激しく動いてしまったから倒れたことがある。その時のすごく心配したこの人の顔を見たら、もう逃げちゃいけないんだと思った。
吹雪さんと一緒に居たいから、我慢しようと決めた。それに検査が終わると必ず、この人は俺のしたい事に付き合ってくれる。俺を甘やかしてくれるのだ。

「今日は血液検査と能力値測定…あともしかしたら薬がひとつ入るかも」
「この前の薬、副作用激しいから避けたいんですけど」
「それは言っておいたから平気だと思うけど…」
「…吹雪さん?」

隣を歩く吹雪さんの足が止まる。何かあったのかと同じように止まれば、遠くでサイレンの音がする。どんな能力を使ったのかまではすぐには特定出来ないが、操力を使ったということは離れたこの距離でもわかる。
不意に手を掴まれ、振り向けばいつも通り笑うあの人が居た。

「雪村、検査に遅れるよ」

それ以上詮索するのも何だか面倒になって俺は再び歩き出した。










「能力値変化無し、血液検査の結果はまた後日」
「今回の薬、すっごく喉が焼ける…」
「でも声は普通に出せてるね、今痛みは?」
「無いです。焼けるのも飲んだ直後だけですし、今はもうほぼ治りました」

検査と言ってもよくわからない医者がするのではなく、全部吹雪さんがやるのだ。見慣れた顔の助手のような人も何人か居るが準備や片付けを手伝うくらいで直接俺と関わることはほとんど無い。
薬の影響で喉がすごく渇く。未開封だった500mlのミネラルウォーターを一気に半分以上飲み干して、それでもまだ喉が渇く。

「喉は痛くないけど…渇いて仕方ないです」
「じゃあ帰りは飲み物買って帰ろっか」

吹雪さんがパタンとファイルを閉じてパソコンをシャットダウンしたのを見て、開けたままだったカッターシャツの前を閉めた。

「やっぱり、襟から少し見えちゃうね」

ゆっくりと触れる指がなぞる、首に記された消えない識別コード。自分が作られた命であることを忘れさせてはくれない、憎らしい存在。

「今さらですよ。それに、いつも通り隠しちゃいますし」

憎らしいけれどこれがあるから俺は、この人と繋がっていられる。

戸棚から取り出された包帯を受け取り慣れた手付きで首に巻いていく。きちんと刺青が隠れたことを確認し、吹雪さんに続いて部屋を出た。
マンションの近くにあるスーパーで数日分の食材と2Lのミネラルウォーターを数本買って帰る。

「雪村、何かしたいことないの?」
「特には…無い、です」
「えぇー、何かないのー?」

きんぴらごぼうに使おうと思っているごぼうをぐいぐいと突き付けながら、不満そうに頬を膨らませている。いい歳した大人なのに、こういう所はすごく子供っぽい。
でもそんなやり取りが嫌いじゃない俺はごぼうを押し退け言ってやるのだ。

「アンタが俺の作った飯、全部食べればそれでいい」

吹雪さん、知ってますか。
俺はこうして貴方と何でもない日常を過ごすのが、一番好きなんです。
(施設に居た頃から考えれば今は、)

「そんなの簡単だよ、雪村のご飯美味しいもん」
「言ったな?デザートも含めていっぱい作ってやるからな!」

帰ったらパーティーでも開けそうなくらいたくさん作ってやろう。残った分は明日の朝御飯と弁当のおかず、そして晩御飯にアレンジだ。
二人で笑い合いながら帰路についた。




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