甘やかされているのはどちらか
「白竜、」
「白竜、」
何度も何度も名前を呼ばれるが、そこに深い意味は含まれていない。ただお互いの手を相手の喉にぴたりと当て、声を出す時の喉の震えを感じているだけなのだ。
「…シュウ、」
「シュウ、」
だから俺も名前を呼んでやる。こいつの気の済むまで、面倒だと頭のどこかで思いつつも付き合ってやってる自分がいる。
何が嬉しいのか、俺が名前を呼ぶ度にふにゃりと笑う彼を見るとまぁいいか、と思ってしまう。それに何より俺の手は彼にしっかりと掴まれてしまっていて、離すに離せないと言った方がもしかしたら正しいかもしれない。
「声ってね、要は空気の震えなんだけど」
急に自分の喉に当てられている手に力が入る。息苦しくはないが多少の痛みは走る。ゆっくりと視線を上げて目が合ったなら、さっきまでと同じように手の力は抜かれた。
「ここにある声帯って器官が無いと音にならないんだ」
彼が言葉を発する度に震える喉。それは彼が音を、声を発している確かな証。
温かな体温が掌を通じて感じられる。それは彼が、今生きている証。
「あぁでも、舌も無いといけないんだった」
「そうか…っ!?」
突然手が離されたかと思えば、ぐっと引き寄せられ小さな隙間から侵入を許し舌に噛み付かれる。逃げようとすればするほど絡め取られ、終いには動けないように顔を固定される。
押し退けようと抵抗するもなかなか上手くいかない。成されるまま流されていたら、漸く解放してくれたみたいでとりあえず必死に息を整える。余裕たっぷりで楽しそうに笑うこいつが実に憎らしい。
「…っは、も、何…なんだ…お、前は…!」
「白竜可愛いなぁ、って思ったら、我慢出来なくなっちゃった」
悪びれた様子など一切無く、むしろしたり顔で笑うのが腹立たしくもある。腹立たしかったから、思わず喉に噛み付いてやった。
歯形をくっきりと付けて俺もしたり顔で笑ってやる。どうだ、と。
「…なんか、白竜に食べられちゃうみたいだった」
「は?」
「変な感じ。でも、それもいいかもしれない」
嫌な予感がする、気がした。
「ねぇ、もう一回やって?」
導かれるまま何の疑問も持たず、褐色の喉に歯を立てた。
(悪くない、かもしれない)
そう思ってしまう自分はどこかおかしいのだろう。きっとそうだ。