雨宮と白竜



※天才と究極を強いられている二人



俺にはどうしても、あいつが無理をしているようにしか見えなかった。
"天才"と評価されるものの、あいつは"努力"をする人間だ。入院していた間も病室を抜け出してサッカーをしていたと聞く。しかしそれはサッカーをしたくて仕方なかったのと同時に、体力がこれ以上落ちるのを恐れたためだろう。
ホーリーロードでは病み上がりの身体を動かしていた。まともな練習をしていないそれはどこかに不備があって当たり前な状態だ。それなのに何かのミスや不調があると"十年に一人の天才"なのに、と周囲はあいつに完璧を要求する。

「お前は"十年に一人の天才"になりたいのか」

その一言が言われた本人にとってどれだけの重圧になっているか、周りは理解しているのか。理解するつもりはあるのか。
期待と重圧を背負ってサッカーを続ける姿が、俺には無理をしているようにしか見えなかった。無理をして、虚勢を張って、それでも"天才"を演じ続けるのだ。
実際、能力も技も何もかも天才という名に相応しいレベルのものを持ち合わせている。だが何分身体がそれについて行かない。才能は神に与えられたものだとするのなら、神は何と残酷だろうか。

「そんなもの周りが勝手にお前に対して付けたレッテルだろう」
「……僕が、なりたいもの…?」

俺もかつて"究極"を求められ期待されて、それに応えようと必死になった。その中で犠牲にしたものもたくさんある。でも俺とこいつが決定的に違うのは、俺は一人じゃなかったことだ。チームとしてのことではなく、同じ位置に立つ相手が俺には居た。
しかしこいつはどうだ。一人じゃないか。

「太陽がしたいサッカーを、すればいい」

「手が必要になったなら貸してやる、怖くなったなら恐怖を吐き出せばいい」

新雲学園は雨宮太陽という選手を中心に回っているチームだ。まるで宇宙の太陽系を指すように、そう比喩され事実その通りである。
手を差し出せば恐る恐る握り返され、平然を保っていた表情が瞬く間に崩れて行く。

「――僕は、また自分の身体が使い物にならなくなるんじゃないかって……怖かったんだ…」

「でも怖くなればなるほど身体が思うように動かなくなる。天才として相応しい働きが出来ない僕には何の価値も無くなってしまう。それがただ、怖かった…!」

溜め込んでいたであろう本音が、止めどなく零れて溢れて。

「本当は天才だなんて評価は要らない。僕は、"十年に一人の天才"としてじゃなく"雨宮太陽"としてサッカーがしたいだけなんだ」

ずるりとこちらへもたれかかり、肩を震わしながら訴えるのだ。そして零れた本音を二人の両手で受け止める。片手で溢れるのなら両手で、両手で溢れるのなら一人より二人の両手で掬い上げれば、きっと全部受け止められるはずだから。

「出来るさ、お前になら」

自分もまだまだ大人とは当然言えないが、それでも泣きそうになっているこいつを、まるで幼子でもあやすように空いている手で撫でた。