どうやら自分という生き物は、想像以上にしぶとく出来ているらしかった。

 ぼんやりとした思考の中、指ひとつ動かすことも億劫だ。力の入らない指でガチャガチャと身体を固定しているベルトをやっとの思いで外し、コックピットを開いた。無重力空間であるにも関わらず、まるで沼底から這い出るようにして外に辿り着く。
 眼前には世界が広がっていた。
「……しんでない」
 正直なところ、間に合わなかった。そう思っていたのだが、どうもそうはいかなかったようである。自分としては、非常に残念な話だ。
 しかし、なんとも滑稽な話ではないだろうか。いっそのこと、あの人と一緒に綺麗さっぱりこの世から消えて居なくなっていたのなら。そうだったならどれほど楽になれただろう。
 だがしかし、改めて考えてみると。そもそも自分というのは、生まれたこと自体が全くしぶとい以外の何事でもない生き物だということを今はもう知っている。そうなると、闘いを終えてのこの結果は、当然なことと言えば当然なわけで。
「……しんで、ないのか……」
 パイロットスーツの手袋に覆われた掌を眺め続ける。その奥で、ボロボロに大破して殆ど姿を留めていないMSの残骸が漂っていた。
 フリーダムだ。
 あの時、ジェネシスが発射される直前に、自分はあの人の乗る機体を貫いた。だというのに、最早動くこともままならないはずのあの人の執念で突き飛ばされた。というより蹴り飛ばされた。
 その直後、ジェネシスはヤキン・ドゥーエの自爆と共に白い閃光を放ったーーところで記憶はぷつり、と途切れて終わっていたけれど。無我夢中で最後の最後に何かを掴んだ記憶がある。あれが、フリーダムだったのだろう。パイロットは生きているだろうか。

ーーイザーク

 誰かに呼ばれた気配を感じ、イザークはゆらゆらと視界を見渡した。そして見上げた星屑達の向こうから、ボロボロになっているモビルスーツが三機やって来るのを見つける。
 そして今、彼らがイザークと同じく何かを見つけた。泣きながら探して、漸く見つけて、泣いているけれど笑っていた。
 自分も泣きたかった。
 そして笑いたかった。
 けれども涙は浮かばず、笑みも作ることが出来ずに、ただ彼らが此処に来るのを待つしか出来ない。ぼんやりと彼らを見つめながら、目の前で広がる無数の残骸の中で、まだ自分が世界にいることを実感した。

 残念なことに、自分は些かしぶとい生き物だった。
 非常に有り難いことに、生きることにしがみついた生命であった。


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2020.3.30 花房ユギ









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