「……ふ、ぁ……」

 互いの心が重なるのを受け入れてしまえば、その後どうなるのかなど考えるのは無粋なこと。何度も啄ばむように角度を変え場所を変えて重なっていた唇は今や大きく開かれて、双方の赤い舌が絡められていた。どちらのものか分からなくなった唾液が、舌を離せばツゥと銀色の糸を垂らして切れる。
 赤く染まった頬に息を整えようと上下する肩、潤んだ翠玉の瞳。そのどれもがトーマスの中の熱を更に強くする。
 徐には自分の腰に下げた信玄袋から、薄いタオルを取り出した。広げればそれなりの大きさになる。よくもまあこんな小さな袋の中に入ったものだと思ったが、今この状況にはそれが有り難かった。あればあるだけ用途があるということである。

「に、兄様……」
「ちょっと待て。このままじゃ浴衣が汚れる」

地面にタオルを敷いて、大木に寄りかかっていたミハエルをそこへ横たえた。水色の浴衣を脱がせ、シャツを捲って腹から胸に掛けて手を這わせると、ミハエルの身体はびくりと跳ねた。

「……ちょ、兄様っ……」
「クッ……変わらねぇな。脇腹が弱いの」
「や、やめて、」

 脇腹を撫でる度にびくびくと身体が小さく跳ねる。元来好きなものは苛めたい趣向があるトーマスは、止めてと言われたところで止めるはずがない。寧ろニヤリと笑ってそこばかりを撫でた。

「く、くすぐったいです」
「だからしてんだよ」
「そこばっかり……もっと……」

 もっと、と言うとミハエルはトーマスの手に自分の手を重ねる。そして胸へとその手を導いた。

「なんだ。こっちが良いのか」
「あ…っ…」

 シャツの下でトーマスが手を蠢かせ、ミハエルの胸を撫でる。掌に感じた突起の感触に彼は目を細めると指の腹で弄る。

「ん、ん……あっ……ああっ!」

 指で摘み捻るとミハエルが喘いだ。空いている方の手でぐいとシャツを捲りあげ、脱がせる。
 露わになった肌に吸い寄せられるかの如くトーマスは接吻を落としていった。強く吸い痕を残せば、快楽に耐えるかの如くミハエルが唇を噛む。

「あ、馬鹿っ。噛むんじゃねぇ」
「っふ、ん……」

 慌てて唇を開かせ、指でなぞる。血は出ていないようだ。

「……傷にはなってないな」
「っ……にいさま……」

 胸の突起へ今度は舌を這わせる。軽く甘噛みしてやれば声にならない悲鳴を上げた身体は大きく跳ねた。
 未だ触られてもいないミハエルのそれが、下着を押し上げていることに気が付き、トーマスは弟の身体を愛撫していた片手を下半身へと持っていく。何度か柔らかく揉み濃い色の染みを作っていた下着を一気に下ろせば、腿の間のそれは熱く昂って切なそうに先走りを垂らしていた。

「み、見ないで……!」
「なんでだよ。素直で結構じゃねぇか」
「だって……え、にいさま?」

 突然愛撫が止むと、ミハエルは不安を覚えて兄の名を呼ぶ。胸元にいたはずの兄の身体は大きくずらされて、臍に唇を落とされた。ひくりと反応した腹筋にミハエルからは見えない位置で小さく笑ったトーマスは、あろうことか弟のそれを口に含んだのである。

「あっ!?」

 ミハエルは、未体験の強すぎる快楽に頭の中がショートするような感覚に陥った。自分のものを這っていく兄の舌の熱。根元を扱かれ、歯が当たらないよう内側に巻き込んだ唇は上へ下へと滑る。限界が近いと感じたミハエルは浴衣を着たままの肩を押し離そうとしたが、当のトーマスは離す気が無いらしく、気にも留めない。

「い、いやっ、兄様っ……出る、出ちゃいますっ……!」
「――出せよ」

 一瞬だけ口を離したトーマスが、低くそう告げる。そうして再びミハエルの猛りを口に含むと一層強く吸い上げた。

「っ……あっ!!」

 トーマスの手と口に追い立てられ、ミハエルは兄の肩を強く掴むと一際高く鳴き、呆気なく口内へ精を放った。強張っていた身体から力が抜かれ、ぐったりと腕を投げ出す。
浅い息を肩で繰り返していると、慈しむように軽い接吻をして、トーマスは飲み干し僅かに残った精と唾液を指に絡めていった。濡れた目でそれを眺めていると、濡れた指が自身の中に一本侵入して抉る。ミハエルは痛みに眉を顰めた。

「ふあ、んぅ……」

 ミハエルの痛みを紛らわすために、また胸に舌を這わせる。時間を掛けて丹念に慣らせば一本だけで精一杯だった指が二本、三本と抜き差しできるまでに解けていった。
 そこで漸くトーマスが纏っていた浴衣や下着を全て脱ぎ捨てる。生まれたままの姿で抱き合えば互いの熱が溶け合うようで、ミハエルはうっそりと微笑んだ。
 既に猛っている自身を、慎重にそこへあてがう。

「いっ……ぅ、」
「ミハエル、力抜け」
「うぁ……にい、さまぁ……」

 じわじわとせり上がって来る快楽に、攣ってしまいそうなほどつま先を伸ばす。根元まで入ると、トーマスは息を吐いてミハエルの髪を撫でた。

「大丈夫か?」
「……へいき、です。だいじょうぶ……」
 痛みのせいで浮んだ生理的な涙を拭うように、唇を寄せる。脇腹を擽るように撫でて、トーマスがゆるゆると腰を動かし始めた。

「うぁっ……ん、あっ!」

 痛みで苦しそうにしていたミハエルだったが、暫く続けていると甘い声が混じる。それを悟ったトーマスが少し挿入を早めた。

「っ……ああっ!?」

 ある一点を突くと、ミハエルが目を見開いて一際高く喘ぐ。フッと笑い、そこを責める。

「ひっ、かはっ……ぁ」

 呼吸を忘れ、噎せてしまう。強い快楽に抗うように目の前にいるトーマスの背に縋りつき、爪を立てた。

「ミハエル、好きだ」

 接吻をする。舌が絡み合い、呼吸を飲みこんでしまいそうなほどに深く唇を合わせた。どちらのものか最早分からない唾液が、零れて顎を伝う。

「兄様、ぼくもっ……ぼくも兄様が好き……!」

 ミハエルは自分より逞しく、男らしい背に回した腕の力を強くした。

「んっ、やぁっ……も、だめ……ああっ!」

 ギリギリまで引き抜かれたトーマスのものに一気に貫かれて、ミハエルは二度目の精を放った。ほぼ同時にトーマスの精もミハエルの中に注がれる。
 ずっとこうしていたいと思った。けれど、これでもう死んでしまっても構わないとも思う。
今この時、世界で一番幸せなのは間違いなく自分だとミハエルは涙を流した。



 遠くで大きな花火が音を鳴らして弾ける。赤や青、黄色の様々な色、様々な形はすぐに消えてしまって後には煙しか残らない。

「たーまやー!」
「なんだよ、それ」
「遊馬が花火の時はこう叫ぶんだって教えてくれたんです」

 川の土手に座り、クスクスと笑いながらミハエルは兄の肩に寄りかかる。正直まだ身体が気だるかった。トーマスもそれが分かっているので、好きにさせてやっていた。

「綺麗だなぁ。――すぐに消えてしまうからでしょうか……」
「……そうだな。消えていくものだけが持つ美、ってやつだろ」

――けれど、それだけが美しいわけじゃない。

 それからどちらもずっと黙ったまま、夜空に消える火花の虹を眺めていた。どちらからともなくいつの間にか握っていた手をいつまでも解きたくない、解かれなければいいと思いながら。




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