神のみぞ知る


※本編終了7年後。凌牙がショタで、ミザベクもいるよ。


 ハルトは飲み物とお菓子を用意しながら目の前の実に微笑ましい様子にクスクスと笑みを零す。こんなにも自分の心を和ませるのは我が家に住まう甥っ子の存在だった。
 父親である兄の膝の上に抱えられているその小さな存在は、幼い手で一生懸命テーブルの上に広げられたカードを選んでいる。手にしているのはどちらも深海魚がモチーフの水属性モンスターで、父親がそれぞれのカードの効果を説明していた。幼い故に説明文に使われている漢字が読めないのだ。懸命に聞き取って理解し、唇を尖らせて考える姿の愛らしさには、外で厳しい顔ばかりの父親も顔を綻ばせている。

「ええと、ええと……こっち!」
「それならさっきの魔法カードはこっちと交換した方が良いな。装備して攻撃力を上げるんだ。それで、相手が攻撃してきたらこっちの罠カードを使う」

 大きな手がカードを取って、小さな手にそれを持たせる。ふっくらとした柔らかい頬がほんのりと赤みを帯びて、パアッと明るい笑みが花開いた。

「マジックコンボだ!!パパすごいっ」
「すぐにお前もこういったことを考えつけるようになる。大事なのは向上心だ」
「こーじょーしん?」
「もっと強くなりたい、もっとたくさんのことを知りたいと思うことだ」
「ーー兄さん、そろそろお茶にしようよ」

 ハルトが声をかける。もう二時間も二人はそうしてデッキの構築をしていたのだし、休息も必要だろう。時計は午後三時を回ったところだ。丁度良く薬缶のお湯も沸く。
 父親のカイトが膝上の息子を抱き上げる。続きはまたあとで、と頭を撫でればその小さな子どもーー凌牙は何度も頷いて見せた。

 水色のマグカップにミルクココアを作ってやり、買ってきたばかりのケーキを選ばせる。凌牙は遠慮しているのか「パパとお兄ちゃんからえらんで」と言うが、二人からしてみれば凌牙の好きなものなど分かりきっている。

「僕は……ミルフィーユにしよっかな」
「俺はチーズケーキ」
「なら凌牙は残ったショートケーキだね」

 大きな苺のショートケーキをハルトが皿に出してやると、凌牙の瞳は瞬く間にキラキラと輝く。ハルトはカイトと顔を合わせて笑った。

「凌牙は本当にデュエルモンスターズが好きだよね」
「うん!おっきくなったらデュエルのせかいチャンピオンになるんだっ」

 小さな子供が掲げる大きな夢。それを聞きながら、やはり兄弟の笑みは零れる。本当に可愛くて仕方が無いのだ。形無しである。

 穏やかで幸せな時間が流れていた。幸せなのは間違いようがない。
 しかしこんな時、カイトの脳裏を過っていくのは決まって7年前の日々のこと。『神代凌牙』と呼ばれた少年と過ごした時間だった。




 不思議な運命から九十九遊馬とそれぞれ出会った彼とカイトは偶然にも引き合った。最初は敵として傷つけあい、次に会った時には仲間になって。変な巡り合わせもあるものだと2人で笑い、気が付くと極自然にキスをしていた。それから抱き合ったこともある。
 だが、その彼の様子が変になった時期を、カイトは何年経った今もなお、未だに正確には把握できていない。その頃、相棒であったアストラルを失った遊馬は自分を支えるだけで精一杯で。自分は失意のドン底にいた遊馬のために動くだけで精一杯で。みんなが遊馬のそばにいるだけで精一杯で。
 気付いた時には遅かった。彼は再び敵に、バリアンになっていた。そうして再度自分達は敵として対峙したのだ。
 そうして全ての戦いを終えると彼は消えた。他のバリアン七皇とは違い、人間に転生することなく滅してしまった。泣き笑いのような顔で、譫言で妹の名前を呼びながら、眠るように。

 彼が生きていた証拠は、この世界に残っていない。




 ケーキを食べ終え、ハルトが友人のところへ出掛けると出ていった頃、別荘に客が到着した。オレンジの髪に紫の瞳の青年に、凌牙が「ミザ兄ちゃんとベク兄ちゃんだ!」と嬉しそうに抱き付く。隣にいた金色の長髪を靡かせた青年が、凌牙を抱き上げた。

「よう、チビ助」
「また少し背が伸びたのではないか?」
「えへへっ。おれ、2人のことすぐにおいぬいちゃうから!」

 人間となったバリアン七皇は、こうして彼によく似た『凌牙』によく会いにやって来る。ミザエルとベクターは中でも頻繁に、此処を訪れていた。

「丁度良かった。凌牙、ベクターと一緒にお昼寝してもらえ」
「よし。凌牙、お昼寝のあとは俺様とデュエルだ。パパと一緒にかかって来やがれ」
「わーい!」

 凌牙は中でもベクターに懐いていた。意外だが、本人曰く「少し意地悪だけどデュエルも教えてくれるし、一緒になってお昼寝してくれるから好き」とのことだ。デュエルと昼寝が好きな凌牙らしいとも言える。ベクターも凌牙を頗る可愛がっていた。彼によく似た凌牙を、まるで年の離れた弟のように。
 うきうきと寝室に消える2人の後を、ミザエルの視線が追いかけていた。暫くして、溜息を吐くとソファーに腰掛ける。

「メラグは大学の試験が近いからと悔しそうにしていた」
「彼女は試験が終われば入り浸るようになる。心配いらん」
「ギラグとアリトは月末に来ると……ドルべには断られた」
「だろうな」

 戸棚から紅茶の葉を入れた缶を手に取る。お湯を注げばハーブティーの香りがティーポットから香ってきた。

「1度くらい、と思うのだが……」
「強要も出来んだろう。仕方ない」

 カイトが凌牙を引き取ってから5年。ドルべは1度も凌牙に会いには来ていない。消滅した親友によく似た子供など、ドルべは認められないのだろう。仕方が無いことだと思った。それ程に過去に囚われている。

「俺だって同じだがな」
「何がだ?」
「俺もドルべも、過去に囚われている。凌牙があいつに似ていなかったら、俺だってここまでしなかった」

 似ている。凌牙が成長する度に思うことだ。いつか彼と同じ背格好になって、自分は目の当たりにするんだろう。どれだけ似ていても、凌牙が『凌牙』ではないことを。

「もし、本当に生まれ変わりだとしても、あの子は『凌牙』でない。俺が恋した凌牙ではない」
「ああ」
「それでも、時々思う」

 ああすれば良かった。こうすれば良かった。思い返す度に脳裏に浮かぶのだ。幼い息子の微笑みを見る度に蘇るのだ。敵として再び対峙した時の、諦めを湛えたあの表情を。滅する時に浮かべた安堵と悲しみの入り混じった微笑みを。ーーああ、あの時の彼の瞳といったら!まるで今にも泣き出しそうな青で自分を視界に捉えていた!!妹の名前を呼びながら、それでも自分から目を離さなかった!!

「あの子の笑う顔を見る度、俺は何故あいつにこんな顔をさせてやれなかったのかと」

 この7年で繰り返し自問自答してきた。何故彼のことを省みてやらなかったのか。何故彼を僅かな間でも1人ぼっちになどしてしまったのか。何故、何故、何故!!
 悔やんでも悔やんでも悔やみきれない問いに、未だカイトは答えを見出せない。

「誰かがもう少し違う行動をしていたら……或いは、違う未来もあったのかもしれない」

 さくり、とミザエルがハルトの置いて行ったクッキーを口にした。その表情が何かに思いを馳せているようで、カイトは思わず唇を噛む。

「……そういう時は誰もが思う。ああすれば良かった。こうしてやるんだった。もっとたくさんのことを語り合えたはずだったのに、何故と」
「……ああ」
「それに答えを出すことなど出来んぞ。 本当は選択しなかった運命の方が正しかったとは一概には言えないのだから」

 カイトが黙ってハーブティーを口に運んだ。外はいつの間にか雨が降り出して、窓ガラスを弱いながら叩いている。

「結局、どちらにせよこうなる運命しかなかったのかもしれない。それを知り得るのはきっと神ぐらいのものだろう。……今ではすっかり凡人の私達からすれば、そんなのは夢のまた夢だ」
「……ああ」

 立ち上がったミザエルは寝室のドアノブに手をかけた。クスッと笑い、カイトを手招きする。
 ドアの向こうのベッドで、青と紫のタオルケットに包まった凌牙とベクターが寝息を立てていた。穏やかで、無防備な寝顔にカイトにも笑みが零れる。

「大切なのは、繰り返さぬことだ。ーーきっと」
「……そうだな」


2013.9.10



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