さよならから始まったハッピーエンド


※捏造ナッシュとちびっこショタベクターがいます。



 カイトは景色を見回しながら、何処までも不可思議な赤い世界を歩いていた。時折歩みを止めて、けれども座り込むことはせずに。
 そもそも、自分はアストラル世界への入り口を繋げる装置の前に佇んでいたはずだ。クリスや小鳥もいた。けれど今といえばすっかり景色は変貌して、二人や遊馬をアストラル世界へ送り込んだばかりの装置も姿を消している。何かに足を取られて躓き、転んだのが悪かったのか。それとも例のバリアンによる毒の幻影の続きなのか。いや、あれは先ほどのデュエルで自らの本能により焼き尽くしたはず。――ではこれは現実なのか?
 歩みを進める度に浮かんでは消えて、浮かんでは消えてを繰り返す自問自答。カイトはらしくないと大きな溜息を吐いた。
 水晶のような柱が幾つも立っている。どうやらその上層の方は大きな部屋となっている場所がいくつかあるようだ。となれば、誰か自分以外にこの地に住まう人間がいるはずで。しかし、ここはどう考えても自分達人間が住まう世界とは到底かけ離れていた。

「まさか……ここがアストラル世界、なのか?」

 遊馬を送り出すだけのつもりが自分も送り込まれてしまったのか。カイトは内心で頭を抱える。ともすると、自力で帰ることは叶わないかもしれない。何と言っても来た方法が分からないのだから。
 寄せては返していく波音が響いている。カイトはふらふらと誘われるようにそちらへ歩いていった。あと数歩で足が波に届こうかと言う時。

「何をしている!」

 知った声が聞こえて振り返った。金髪の長い髪、黄色の肌、白い仮面を付けているような顔、青い瞳。

「カイト……?何故」
「貴様ッ、ミザエル……!!」
「ああ、ともかく海から離れた方が良い。そのままでも私は一向に構わんが、五体をバラバラにされても知らんぞ」

 しれっと恐ろしいことを言い放って、ミザエルはカイトが波の側から離れるのを待っていた。カイトは現状がすぐに飲み込めない。何故ミザエルがいるのか。ここは恐らく人間世界ではなくて、アストラル世界なのかと自分は考えていたけれど、彼はバリアンで。バリアンの彼がアストラル世界にいるわけはなくて。ということは、

「此処はバリアン世界、なのか?」
「その通りだ。此処は我々が住まう世界……貴様達人間が生身で容易に入ってこられる場所ではない」

「それに今もう、」とミザエルが口ごもる。カイトははっきりとしない彼の態度に苛ついた。そもそも、彼らバリアンは自分達の敵。ナンバーズ目的で彼らがカイトを此処へおびき寄せたとも考えられる。

「扉は閉ざされたというのに、貴様はどうやってこちらへ来た」
「俺は気が付いたら此処にいた。貴様等が呼び寄せたのだろう?ナンバーズが目的か」
「ナンバーズだと?」

 ミザエルは目の色を驚愕に染めて腕を組むと、カイトの問いにも答えずに考え込み始めてしまう。「では、先ほどメラグが言っていたのは……」「ナッシュに聞けば、或いは……」と何かブツブツ呟いていたのも束の間。腕組みを解いた彼はカイトの腕を引っ張った。

「何をする、放せ」
「このままでは埒があかん。兎に角一緒に来い」

 ミザエルに手を取られると、異空間に吸い込まれるようにしてカイトも姿を消した。それは一瞬の出来事で、カイトの視界に移る風景は、既にあの赤紫色をした水晶の塔のどれかにある屋内のようだった。

「ミザエル、もどっ――!?」

 聞き覚えのあるこの声はドルベのものだ。ミザエルが連れ立って戻ってきたカイトの姿を見て、彼もまた驚愕したように言葉を失う。そうしてみるみるうちに嫌悪感を剥き出しにした表情で噛みついてきた。

「ミザエルどういうことだ。この男は一体どうやって此処に来たんだ」
「分からん。だがいる以上は放っておくわけにもいくまい」
「だが彼はナッシュの……!」
「それはお前の個人的感情だろう。今度の件には関係ない」

 ミザエルの言葉に、ぐっとドルベが押し黙る。カイトには、ドルベの青みがかった灰色の瞳に深い憎悪が色づいていくのが分かった。

「今になって何をっ……また私からナッシュを奪うつもりなのか!!」

 剥き出しの憎悪が降り懸かる中、カイトはドルベが口にした「ナッシュ」という人物の名に首を傾げる。聞き覚えがない名前だった。一体、誰のことを彼は話しているのだろう。それほどまでに自分に縁のある人物なのか?

「何を言っている。そもそもナッシュという人間など俺は知らん。勘違いも甚だしい」
「ナッシュを知らない?どういう意味だ」
「そのままの意味だ。そんな奴は知らない」

 思わずドルベがカイトに掴みかかる。ミザエルは呆れるように肩を落とした。まったくこの男と来たら、いつでも冷静に物事を判断できるはずなのに、ナッシュのことになった途端これである。まあ、ある意味では通常運転なのだが。

「ふざけるな!!お前がナッシュを知らないなど、そんなことが」
「――何事だ。騒がしい」

 ふと、広間にある高い階段の上で声が響く。何処かで聞き覚えのある声だったけれど、カイトには声の主が誰なのか分からなかった。階段の上にある金色と赤の立派な椅子は、まさに玉座と言わんばかりの不思議な威圧感がある。そこに現れた声の主の彼は深くフードを被っていて、顔が見えない。後ろにアリトを連れ立っていて、腕には小さな子供を抱えている。ハルトより小さいその少年の顔を、カイトが見間違うことはない。

「(あの子供は、ベクターなのか?しかし随分と幼い……)」

 フードの少年もアリトも、カイトを見て他の二人と同じように驚いていた。そうして暫くの沈黙が続いたあと、彼は階段をゆっくりと下りてくる。

「どうやら、メラグが言っていたのは貴方のことらしい。天城カイト」
「貴様は?」
「……これは失礼。ナッシュと申します」

 ナッシュと名乗った少年が礼儀正しくお辞儀をする。腕に抱えた子供が、キャッキャッと笑う。

「なしゅ!よかえ!よかえ!」
「ああ、そうだった。外に遊びに出るんだったね。――アリト、先にぼうやを連れて行っていてくれないか?ドルベ、ミザエル。お前も一緒に」
「だが、カイトが」
「彼には私が応対する。向こうでギラグとメラグが待っているはずだから、ぼうやが機嫌を損ねる前に早く行ってやれ」
「ナッシュ、私は」
「さ、頼むぞ」

 ナッシュに少年を託されると、ドルベは悔しそうに表情を歪めた。そうして鋭い眼でカイトを睨んでくる。「ぼうや」と呼ばれているその少年は、ドルベの腕に抱かれているとじたばたと大人しくしない。

「どるべ、や!なしゅ!」
「――ドルベ、顔、顔。チビ助怖がってるぜ」

 アリトに小突かれて、ドルベはようやく我に返る。そうして名残惜しそうにしながらも、少年を連れてアリトやミザエルと一緒に広間から出ていった。残ったのは、カイトとナッシュだけ。

「カイト。とりあえず貴方が何処からどうやって来たのかを教えてくれ」

 でなければ貴方を帰す術も見いだせない。言われてカイトは渋々経緯を話し出した。といっても、気が付いたらこの世界に迷い込んでいた、という至ってシンプルなものであったが。

「その前は何を?何処で何をしていたかは覚えているか?」
「貴様等バリアンに話すことではない。敵にそれまでの自分達の行動をバラす馬鹿はいないだろう」

 カイトがそう突っぱねると「それはそうだが」とナッシは苦笑したようだった。そうしてふむ、と腕を組む。

「九十九遊馬はどうしている」
「答えるつもりはない」
「では……神代凌牙は、どうだ?」

 カイトが言葉を詰まらせる。凌牙。そうだ、最近凌牙に会っていない。無意識に唇を噛んだ。
 小鳥の話ではまだ妹が目覚めず、鬱いでいるらしい。バリアンに襲われてWと共にタッグデュェエルをしたという話も聞いた。面白くないと思ったけれど、自分とて彼を放ってアストラル世界への入り口をこじ開けるための研究をしていたのだから、文句は言えない。寧ろ自分がいない間に凌牙を手助けしてくれたWには感謝をしなくては。したくないけれど。

「奴にはここ暫く会っていない。バリアンに毒を盛られて酷い目にあったとは、聞いたが」
「なるほど。それなら貴方は遊馬をアストラル世界へ送り込んだところだな」

 今度はカイトが驚く番だった。何故、目の前の少年はそれが分かったのだろうか。

「貴方は少し時間を間違えて此処に足を踏み入れたようだ」
「どういうことだ」
「此処は貴方が本来いるべき運命から時間が経過した、未来のバリアン世界だ」
「未来だと?何を」
「此処では既にナンバーズに関わる争いは終わっている。貴方の父親が開いた扉は再び閉ざされて、三つの世界はもう互いに干渉できなくなった」

 だから貴方が此処にいることに、皆驚いたんだ。そう説明を受ければ、にわかには信じられないものの納得できた。が、しかし。

「俺はどうすれば帰れるんだ」

 それが分からなければ色々と意味がない。

「貴方はオービタルのバリアライトに触れたのでは?」
「ああ……バリアライトの力を借りて装置のエネルギー充電をしたので、スクラップになりかけた。修理のために運ぼうとして」
「ならば同じ方法で戻れる可能性が高いだろう」

 階段を上って玉座に腰を下ろすと、ナッシュは宙に浮かぶ『それ』に向かって手を翳した。赤い光を放っている石か水晶のようなそれは、蕾が花開いたかの如き形をしている。花の中心部で赤い光が包まれており、ナッシュはカイトにそれに触れるよう促した。

「オービタルのものとほぼ同じものだ。試してみる価値はある」
「わかった。だが試す前に一つ、聞きたい」
「どうぞ」

 試して成功すれば自分は此処を離れ、元の時間の元いた場所に戻ることになる。そうなる前に、聞いておかねば。

「ここが未来のバリアン世界だとすると、貴様は俺達の未来を知っているんだな」
「もちろん。私にとってそれは既に過去の話だ」
「俺の大事な人間が今、とても苦しんでいるらしい。そいつがどうなるのかも知っているのか?」
「貴方の大事な……ハルトのことか?」
「違う、俺の、恋人だ。神代凌牙のことだ」

 側に行ったところで、自分にはなにもできないのだろう。カイトは強く拳を握る。彼の中にある闇は、彼自身が乗り越えて払拭しなければならないことだ。
 しかし、未来を知ることで、少しでもそれを手助けすることが出来たなら。彼を幸せに出来るならば言うことはない。

「……」

 ナッシュは黙った。そうして再びカイトの側にワープしてくる。フードに隠れた顔は、カイトより小さな背丈ということも相まって、やはり見えない。凌牙との背丈び差に似ていた。

「私は貴方達がこれからどうなるのか、知っている」
「だから尋ねているんだ」
「けれど私が貴方に言えることは一つだけだ」
「それは?」

 懐かしむように、愛おしいものに触れるように。ナッシュが自身の左手に触れる。金色の台と緑の宝石のはまっているそれは、何故だか自分の知っているもののように思えて、カイトは内心で不思議に思いつつも彼の言葉を待った。
 そうしてナッシュが言葉を紡ぐ。




「なしゅ!」
 悪意の海に程近い場所で遊んでいたベクターが、視界にナッシュを捉えてパタパタと走り寄ってくる。小さな彼を抱き止めて、ナッシュは六人に合流した。
 争いも何もなければ、自分達にはこうした日常が続く。穏やかで、平和だ。
「帰ったのか」
 ベクターを追いかけてミザエルやってくる。少々肩で息をしながら、彼はナッシュにそう尋ねた。「ああ」とナッシュも頷く。
「元の時間に戻れたかまでは分からないがな」
「奴ならば上手くやるだろう……それで?何処まで話したんだ?」
「何も」

 ミザエルが目を見開いた。さも当然だと言うように、ナッシュは微笑んでみせる。

「何故」
「過去を知れば未来は変わる」
「共にある未来になったかもしれない」
「そうだな。あったかもしれない」
「ならば何故!」
「……ミザエル。私は、私のまま幸せになりたかった」

 抱き上げたベクターはナッシュの腕の中で首を傾げる。くりくりと大きな瞳を瞬きさせる表情は本当に愛らしい。

「人間とバリアンの間で悩み苦しみ、迷って……自分が何者なのかも定かでなかった。中途半端で、あまりに未熟だった私のままでいたかったんだ」
「だがっ」
「蘇生、転生。それらを成し得た私は最早今の私ではなく、私という新たな私になってしまう。取り戻した記憶と過ごしてきた十四年の人生を再び忘れることを選べるほど、私は」

 ナッシュが言葉を止める。「いや、よそう」そう呟いたのが聞こえた。

「新しい私になっても、彼は変わらずに私を愛してくれただろう。だが、同時に彼は過去の私の面影を新しい私に求めたはず。それは恐らく永遠に埋められない溝だ……それが堪らなく嫌だった」
「ナッシュ」
「……私も、あの男が愛してくれた私のままであの男を想っていたかった。だから私は私のまま此処に戻ってきた」

 ナッシュがフードを脱いだ。青いサファイアの瞳が凛として美しい。
 七皇の長、ナッシュ。――かつて神代凌牙と呼ばれた男。
 彼は別れ際にカイトへ紡いだ自身の言葉を思い出す。

『何も知らずに帰りなさい』

 幸せだ。目を閉じる。

「俺は幸せだ。例え二度と会えなくても、神代凌牙の心を持ち得たままであいつを想っていられる」

 他の運命では、決して出来ぬ素敵なこと。

 『大丈夫。私はとても幸せだから』

 赤い世界は、今日も果てなく続く。

2013.8.25





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