9、過去における事実調書その三





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11月30日 17:05


久しぶりに凌牙がやってくる。
凌牙は俺を蹴り飛ばした件で謹慎していたらしい。
初めて知った。

「何があったんだ、トーマス……!」

彼は一瞬怯えたような顔をした。
成長期だった俺の肉体が、手術と投薬によってさらにその性別を顕著にした。
たった三ヶ月で10cm以上も背が伸びた。凌牙が小さく見えるほどに。
肩幅が広がってこれまでの服はまったく入らなくなった。
数ヶ月前の自分の写真を見ると、本当にこれが俺なのか混乱する。
あどけなさを残していた俺の顔。いつの間にか骨格が育ち、大人になっている。
まるで心だけがタイムスリップして、未来の体に迷い込んでしまったようだ。
続いて凌牙を見ると、かつてない欲情に苛まれる。
これは本当に俺の感情なのか?
寄せてはかえす波のように、少年の胸をきらきらと包んでいたあの感情はどこへいった?
はにかみと恐れで目も合わせられない、あの高揚。
彼を視界に入れることすら戸惑われたあの頃は、隣からかすかに漂ってくる髪の匂いに安堵しときめいていた。
凌牙に抱いていた苦しみと寛ぎ。
あの気持ちは、どこにある。
ただ欲情だけが俺を取り巻く。
俺の感情は脳内チップがもたらす強制的な感情なのか、
おのずと湧いてくる人間的な感情なのか、
もう分からない。
恋と信じていた。
もう分からない。
初めての恋だと。
もう分からない。
返してくれ!あの頃の俺の気持ちを!!
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12月04日 11:21
曇り

ここ最近、女とのコミュニケーション実験が再開される。
前からそうだった気がするが、身長が伸びると余計にちやほやされるようになった。
ヤりたいなと思う女も何人かいた。
18になったらいよいよ俺も好き放題できるわけね。とっかえひっかえだ。やったね。
なんか、もう、
疲れた。
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12月05日 16:10


依然として女とのコミュニケーション実験が続く。
なにが完全なアドニスだ!!俺はトーマス・アークライトだ!!
そうだ、俺は俺の、ちがう、俺が、つまり、政府の、いや、でも、俺は、
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12月09日 11:30
晴れ

凌牙が他の男と話していると、イラつく。
俺のものに触るな。
違う、そんな事が言いたいんじゃない。
言いたいんじゃない……。
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12月10日 13:08


俺は人類の至宝、最も妙なる男子だ!!
そうなんだろう、間違ってない。なのにどうしてあいつを自由にしちゃいけないのか。
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12月11日 12:47


スクールで最後の体力テストが始まる。
施設ではもう俺についていける奴がいないから、スポーツがつまらない。
というより俺は球技や競技よりも、闘技に向いてきた。
バスケットやサッカーよりも、殴り合うような試合の方が興奮する。
そういった種目ばかり選んでいると、相手がいなくなった。

「神代博士も参加しませんか。
今回のトーマスは東洋武術を選択しました。あなたなら、親しみもあるでしょう」
「いや、やめておく」
「まぁまぁ、人数足りないんですよ。誰もトーマスとやりたがらないから。
彼はデータをとらなくちゃならない、相手がいないと困るんです」

俺のスポーツ科目にはいつも職員や警備員が何人か参加するが、凌牙は毎回不参加だった。
でも今回は人数合わせのためか渋々 スポーツエリアへやって来たのだ。
俺が昔 プールに誘っても来なかったくせに。驚いた。
これが水着だったらって思うと、何で水泳を種目に選択しなかったのか悔やまれる。
だが憎らしいほど道着姿も凛々しかった。
この中の誰よりも、白い上衣と黒い袴が似合っている。
束ねられた髪がこめかみを引き上げ、目元をさらに麗しくしていた。
東洋の血を引くだけあって、さすがだ。

「女じゃ相手にならん。怪我するぞ!」

一番大柄な警備員の男が、凌牙の細さを見て笑っていた。
凌牙が女じゃねぇ事くらい分かってるくせに。気色悪ィ冗談だ。ぶちのめしたい。

「どぁあッ!!」

―――結果的に俺の出る幕はなかった。
俺の目の前で手合わせしたはずの警備員は、開始からものの3秒で、小柄な凌牙に捻り飛ばされていた。
フロアに気持ちよく音が響く。
ああ…忘れてたよ……あいつ遺伝子操作されてんだよな……!かっわいくねぇ……。

「凌牙、俺と頼む」

とはいえ、久しぶりに手ごたえのありそうな相手だ。
俺が凌牙に声をかけると、汗一つかいていないあいつは無言で一礼した。
あとで相手をしてくれるらしい。そうこなくっちゃね。

「こ、この……っ、」

畳に沈んでいたはずの男が慌てて起き上がる。
そりゃ、女みてぇな子供相手に負けたら、警備員として名折れだろう。
だがその男は再戦を挑むでもなく、大人しく下がるでもなく、突然横から凌牙の道着を掴んでいた。

「!!」

あっという間だった。
引っ張られた道着は凌牙の肩から引き剥かれ、白い鎖骨の眩しい肩が露になる。
大きくずれた合わせ目から胸が覗いた。

「り、凌牙……!」

それは、なんとも言いがたい光景だった。
凌牙の胸板は平たく細いのに、男のそれじゃない。
丸みを帯びた線の両端で、つんと背伸びをしている小さな蕾。
細すぎる少女、いや、なよなよしい少年か?
そのどちらともとれる曖昧な性が、見る者を混乱させる。

「……ッ、、、」

凌牙がかっと頬を赤く染めながら、慌てて胸を庇う。
この時俺は、凌牙がプールを嫌う意味を初めて知った。
この体では水着が着られない。奴は、不完全すぎる。

「……あ、あれだけ出来損なったXY、初めて見たぜ……」

興味と悪意の視線。みんな先ほどの凌牙の胸を、瞼の裏に焼き付けた事だろう。

「道着用の下着くらいつけておいたらどうだ。
女用しかないけどな」

男は勝ち誇ったようにそう吐き捨てた。
凌牙は歯噛みするだけだ。男である以上、自分だけ下の服を着用すると浮いてしまう。それはそれでまた好奇の目に晒されたろう。着けられなかったのだ。
それ以前に、自分は男だと信じている彼には女の装いが屈辱だった。
俯いている凌牙の耳が赤い。
俺の凌牙が、公衆の面前で辱められた!

「おい、次は俺とやれ」

俺が凌牙を下がらせて挑めば、男は少々目を泳がせた。
完全男子と戦うのは面倒なんだろう。

「ガードマンが俺より弱いなんてこたぁねぇだろ……?」

挑発してやれば、頷く。

「始め!」

掛け声が響いたのに、俺の目にはみんな止まっているように見える。
俺はあっという間に相手の拳を受け流し、手首を掴んで勢いを相殺した。あとは相手の崩れたバランスを利用してその巨体をフロアに叩きつける。
頭一つ分は大きい男が、哀れに顔から地面へ突っ伏した。

「トーマ、何してる!」

凌牙が怒鳴っている。俺はにやりと口元が歪むのを抑え切れなかった。
男の汚らわしい腕を二本とも持ち上げる。そして、足で胴体を踏みつけて固定しながらひん曲げた。
ごきん。不気味な音がした。俺が少し捻りあげただけで、男の毛深い腕は使い物にならなくなったのだ。
肘から下に突然増えた不自然な間接は、大きく曲がったままだらりと垂れている。

「っはっぅ、がぁあああああああ」

悶えている、虫けらのように!
さっきまで勝ち誇ったように笑っていた野郎が、フロアの上で這いつくばっている!!

「とんだ骨無し野郎だと思ってたが、骨はあったようだな!!
楽しい音が鳴るじゃねぇか、次は足だ!!」
「や、やめろトーマ!」
「どけ!最後は首を折る、その木偶の首をッ!!」

みんな震え上がって腰を抜かしている、凌牙だけが俺を取り押さえている。
ざまぁねぇよ、腑抜け共め。
俺の前で凌牙を辱めるような真似は二度とするな!ぶっ殺してやりたくなる!!
このXXXXXXX(人権法違反に該当。アドニスには記述できない)
XXXXXXXXXXXXXXXXX
XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX(膨大すぎる。省略することにした)
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12月12日 10:31


この俺がどうして謹慎処分なのか、理解に苦しむ。
さっさとここから出せよ……!
実験の成果を出してやったんだ、俺はもう何でも壊せる。
積み木崩すみたいに、何でも。




これが最上の男子なのか?
凌牙、
また俺のせいで傷つけられたり、してねぇかな……。
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12月25日 11:20


「今日、これからある会社のプレオープンに行く事になった。
俺の開発の運用を見学するためだ」

凌牙が自分から話しかけてくることは珍しい。
心理モデリングのチェアに腰掛けながら、悩ましい魅惑の博士は口元に右手を当てていた。それがなんだか照れ隠しのように見える。
俺は最近、凌牙とは距離を置いているから、てっきりもう嫌われていると思っていた……。
凌牙と話していると、すごくヤりたくなる。
脳内チップに支配された自分を思い知るのが、嫌だ。

「凌牙センセイが?
勉強熱心なこった」
「お前も行かないか」

凌牙の言葉に、俺は耳を疑った。

「……プラネタリウム、行ってみたかったんだろ」

凌牙いわく、新しく出来た最新の立体映像なんちゃらシステム(聞き取りづらかった)を応用した、大規模な惑星運動再現装置の開発に携わったらしい。
太陽を中心としたステラリウムだ。
月のクレーターも土星の輪も体験できる。
いや、そんな事はどうだっていい。
凌牙と出かけられる。
俺は元々施設から出るのに外出許可が要るし、それにくわえてこの前の骨折事件で未だに謹慎中なのだが、どうやって許可を得たんだろうか。
あ、もしかしてこれがクリスマスってやつ?




久しぶりに施設のブロックから外へ出た。何年ぶりだろう。
ちらちらと舞い降りる雪。クリスマスのイルミネーション。
なんだか、夢みたいだ。
凌牙の私服姿を初めて見た。目の色と同じセーターとブラウンのコートが、よく似合う。
白衣じゃないのもいいな。
ああ、もう、会話が続かない。互いに視線が上手く合わないんだ。
レストランでも、嫌な汗ばかりかいている。

「具合、悪いのか」

とうとう凌牙にそう聞かれてしまった。
くそ……、男の中の男、最も気高いこの俺が、ちくしょう……。

「便所に行く」

それだけ答えてテーブルを後にする。
落ち着くんだ。はぁ、どうしてあいつ、あんなに、き、き、

綺麗なんだ?

まず見た目が俺の好みなんだ。あの顔が既に卑怯なんだ。
落ち着くために店を出て、向かいのショップで適当なものを見繕って買った。
凌牙のテーブルへ戻って、それを差し出す。

「……、その、今日誘われるなんて思ってなかったから、何も用意してなかった。
礼を先にさせてくれ」
「気にするな。
だが、もらっておく」

箱を開けた凌牙が、現れたシルバーネックレスに目を細めた。
泳げない凌牙のために、せめてと思ってマリンアクセサリーを選んだ。
クリスマスにこんなもの買うなんて、俺くらいじゃないだろうか。
でもいいんだ。こいつのほのかに赤い頬を見たら、緊張も和らいできた。




「これ、本当にお前が開発したのか」
「ああ。映像システムと、警備用アドニスを担当した」

凌牙と見たステラリウムは、宇宙の散歩道だった。
くるくると回る銀河系の立体映像があって、その星一つ一つを順番に室内に再現していく。
ドームの床や壁はその都度形を変えて、実際の星の地表と同じ凹凸を作り出す。
本当に惑星に降り立ったみたいだった。
二人で月を探索していると、いくつか流れ星が見える。

「地球がのぼるぞ」
「すげ……、これ、けっこう感動的だな」

月の地平線から、地球が昇ってくるのを見た。
闇の中に輝く星が、神々しいその姿を現していく。
男らしく女らしい、全てひっくるめた神秘の青。
初めて見た凌牙の瞳に似てる。
この星は、人類が存亡の危機にあるのをどう思ってるんだろうか。
絶滅しても、悲しんでくれはしねぇだろうな……。

「……」

暗闇のせいか、あたりに散らばった星のせいか。隣の凌牙の手をそっと握った。
握り返してくれた。
骨ばって大きくなった俺の手に、すっぽりと凌牙の掌が収まっている。久しぶりにどきどきして、掌に汗なんかかいて、息がつまりそうで。
なのに心地いいんだ、不思議でたまらない。
隣を盗み見ようと思ったら、うっかり目が合ってしまった。
凌牙が俺を見上げている。

―――……キス……は、出来なかった。

勇気がなかった。伝えたいことすら言えずに。
手を繋ぎながらただ地球を二人で見つめていた。でも、それだけでこの胸がいっぱいで。



ずっと、ずっとこうしてみたかったんだ。



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