※未来パラレル
※性別曖昧
※三角関係、モブ描写





1、さまようひとたちのあなない



惑星を意味する「planet(プラネット)」は、ギリシア語の「planítis(プラネテス)」を語源としているらしいね。
意味は、「さまよう者」。
闇の海を漂いながら凍えている、さまよう者達。
月の上から見上げるあの青い星は、君の孤独の瞳、それと同じ色をしている。
人は孤独を知るとこんなにも美しい色になるんだと、初めて知った。
だからあれ以来、僕はもう孤独が怖くない。
孤独を知る事は、僕が思っているよりずっと尊かった。君はどうだろう、知っているだろうか。



―――実はあの時、僕は君に伝えられなかった事がある。
二人の間に別れが来るであろう事も、自分が自分でなくなるであろう事も、知っていたのに。
夜が来ると、今でも君の涙をふいに思い出すよ。拭ってあげたい、僕の指で、唇で。でももう、届かなくて。
息が出来ないほど、後悔している。
だからもし、またあの月の上で二人が出会えるならば。
君に伝えたいことがある。



君は信じてはくれないかもしれないが、僕は毎晩、そんな夢を見ている。







「こ、これが本当にアンドロイドなの博士!?」
「はい。まさしく英知の極みですよレディ」

IVはにっこりと笑ってお辞儀して見せた。濃い肌が白衣の出で立ちに映えている。
知的な金茶の髪に、情熱的なアネモネ色の瞳がいかにも好青年だった。

「初めまして。私がIV、そしてこちらが凌牙」

研究室の中心には、ヘッドマウントディスプレイを装着した少年が座っている。
頭部装着型のコンピュータが片目を光学シースルーのディスプレイで覆っているせいで、表情は見えづらい。
かろうじて長いコード類の中から長めの髪が見えた。
年のころは十代、とても若く見える。首元のシンプルなシルバーが、彼のミステリアスな雰囲気にとてもよく似合っていた。

「その、触ってもよろしいかしら?」

精巧なアンドロイドを前に興奮を隠せない婦人が、おそるおそる凌牙に近づいて尋ねる。

「触るな。
本来の基盤はフォーマット中だ。
今はバックアップ用で動いているから空間知覚の画像処理が追いつかない。
触れられたり抱きつかれたりすれば、オートバランスが崩れて転倒するおそれがある」
「あらあら……」

凌牙はぴしゃりと婦人をはねのけた。
表情が見えない分、威圧感がある。緩みのない喋り方はまさにオートマチックだ。

「すみません。
メンテナンス中は機嫌が悪いんです、質問は僕が受け付けますよ」
「お時間が悪かったわね。
出来れば通常動作を見ておきたかったのに」

凌牙はずっとデスクに向かったままだ。
頭部に装着されたディスプレイは、脳とシステムを繋ぐインターフェース。
その方が外部からデータをいじるより作業が効率的なのである。
必然的に、メンテナンスになると彼はこうしてデスクに張り付いていなければならない。
それだけ膨大なデータ処理。アンドロイドの宿命だろう。

「凌牙……彼はアンドロイドの歴史を変えたわ」
「ええ。
これまでのロボットは有限の情報処理能力しか維持できなかった。
いわゆるフレーム問題が大きな課題でしたが、凌牙のおかげで大きく前進しました。
サイバネティックス研究と記憶移植により、人格形成はもちろん、感情にバリエーションが増えたのです。
事故に繋がりかねないのでストッパーは要りますが、不機嫌や杞憂といった感情面が再現されるとより人間味が増しますよね。
もはや本物の人間だ」

IVは婦人をつれて研究室を出た。
廊下からはガラス張りの研究室が望める。
その中心で、相変わらず凌牙はメンテナンス中だ。

「今の凌牙さんみたいにあまり無愛想すぎると問題よね」
「あとでよく言っておきますよ」

IVが苦笑いすると、婦人はまだ興奮冷めやらぬようで、頬を赤らめた。

「本当に、素晴らしい感情表現だわ……!」








人類は今、慢性的な問題を抱えている。
それは長きに渡って繰り返された放射能戦争で、祖先から受け継がれてきた「Y染色体」が、その機能を極端に弱め始めたこと。
Y染色体といえば、その遺伝子でヒトの睾丸を形成して男性ホルモンの分泌を促し、固体の性別を男に決定付ける役割をもつ。
それが急速に劣化していった現代。

地球では、男のほとんどが生殖機能を失っていた。

精子が生殖能力を持っていないのである。
現代では人工受精や人工精子での出産は一般的になっていたから、ある程度の出産率は維持できていた。
しかし男という生き物の価値は根本から変わりつつある。
ほんのわずかに残された、「生殖能力を有している」男たちだけが持て囃され、性別上の役割を果たせない男達はほぼ無個性の生き物となった。
そこで女たちは、作り物に「男の理想像」を求め始める。
それは美少年型―――、「ロマンス特化型コミュニケーション支援アンドロイド」。
ギリシア神話にあやかってアドニスと名づけられた理想の男たちは、今や珍しくない。



「コーヒーでもどうですか。大抵は淹れられますよ」
「ええ。あなた、仕事だけじゃなくそんな事まで出来るのね。
いただくわ」

IVは婦人をテラスへ案内すると、お望みどおりのクリスタルマウンテンを出した。
婦人の好みに忠実で、純粋なブラックコーヒー。
その舌触りは酸味がなく滑らかで、甘い炎のようだった。
香り高く揺れる黒い水面を見つめながら、婦人は恍惚の息を吐く。

「本当、私の理想そのものだわ……。
それで、いくらなの」
「このコーヒーですか?」
「いいえ、アドニスの事よ。売って欲しいの」

ずいぶんあけすけな言い方だった。

「量産型アドニスなら、こちらではなく企業にお申し付けください。レディ」

この研究室では主にアドニスのシステム開発をしている。従って、商品化企画などには触れていない。
存在する唯一のアドニスは、開発成功例の最初の一体なのだ。
今は開発者の個人所有になっている。
正式名称こそないが、システムやハードウェアを含めその完成度から"Revolutionary sYstem fOrGenuine Adonis(完全形アドニスのための革命的システム)"と呼ばれ、業界では有名らしい。
ギリシア神話の美少年アドニスを模倣したアンドロイドではなく、このRYOGAタイプは「完璧なるアドニス」、つまり人だと噂されているのだ。
膨大な金と労力がかかっているため、これを元にあとから量産化されたアドニスは、必然的に価格と機能を抑えてある。
そのせいか、今回の婦人のような客は後を絶たない。

「確かに、RYOGAは感情表現豊かですが……、
プログラム自体は既に市販化され量産型にも搭載されています。
廉価版とはいえ私生活になんら支障はありませんよ。
むしろショップで買われた方が、髪や肌の色、性格もカスタマイズできて便利な気がします」

IVは婦人にレモンパイを切り分けると、ミントを添えて差し出す。

「ええ。
こちらよりもハンサムなアドニスを買おうと思えば買えるでしょうね」
「そうした方が賢明だ。
きっとレディに相応しいアドニスと出会えます」
「違うわ。
私はアドニスが欲しいんじゃないの、RYOGAが欲しいのよ」

婦人の言うことが理解できず、IVの思考が一時的に固まる。
それに気付いたのか、婦人は一旦迷ってから言い直す。

「……RYOGAはね、発明者に愛されているの……!」

そこでようやくIVは理解できた。
揺れた感情は覚醒値を示している。これは、緊張だ。

「量産型やオーダーメイドのような、単なる恋愛ごっこのために作られた男とは違う。
RYOGAは発明者が抑えきれない恋心に押しつぶされそうになりながら、血を吐くような想いで創り上げたの。
全て投げ打ってかまわない、命を懸けた恋だからこそ出来た、究極のシステムよ。
地球に男と思える生き物がいなくなって、本物の恋を知らずに生きてきた女達はみんな、彼の存在に圧倒されるの。」

髪一本一本、そして人工皮膚と筋肉の細胞すべてに燃えるような愛を注がれて造られた完璧なアドニス。
うなじを隠す眺めの髪、切れ長の目。薄い唇。
金も名誉もつけいる隙はない。
完成に二年を費やしたRYOGAは愛されるため、愛するために生まれてきた。
そう、RYOGAは博士が全身全霊を懸けて創り上げた恋人。

「……おっしゃる通りです」

IVは嘘をつけない。
婦人に頷くほかなかった。

「お金ならいくらでも払うわ!!
RYOGAを私に譲って!」
「それは出来ません。
レディ、あなたがさきほど仰ったとおりだ。
僕たちは愛し合っている。
……離れられない」

婦人は泣いた。
男が男たるゆえんを失った社会では、それまで社会の中心にあったはずの基盤が総崩れになった。
男社会でしか機能していなかった経済はより一層偏って、急速に貧富の差を広げていく。
数少ない生身の男、この場合は生殖能力を有する男という意味だ……それらは、一部の特権階級が独占していた。
残された女達は、子供を残す為 人工精子や精子バンクに頼っている。母子家庭、伴侶がいない家庭が当たり前になったのだ。不完全な男達ばかりが街に溢れている。
男と女の恋愛はもはや自由を失い、そして幻になりつつあった。
だから人々は、アンドロイドに恋を求めている―――

「私は必ず手に入れるわ!!
RYOGAでなきゃ駄目なのよ!!
一目見たその時から、もう他のアドニスは愛せないの!!」

婦人は取り乱す。

「落ち着いてください、気持ちは分かりますが……」
「私はアドニスになんか興味はない!!!

『あなた』が欲しいのよ!!」

婦人はとうとうIVに抱きついた。

「ぁっ、……!!」

婦人の動きをIVのステレオカメラが追う。
全身運動安定化制御、統合転倒運動制御、不能。
転倒回避、不能。
IVの体は後ろ向きに倒れこんでいた。

ビィ――――――――ッッ!!

研究室内に響く緊急信号。

「IV!!」

額からコンピュータを取り外し、凌牙が立ち上がる。

『RYOGA 四号機、転倒により頭部損傷。
RYOGA 四号機、転倒により……』

凌牙が白衣に腕を通してテラスへ飛び出す。
そこには動かなくなったRYOGA四号機、通称IVと、婦人がいた。
凌牙は婦人など見向きもせずに倒れたIVへ駆け寄ると、彼の頭部点検のために耳裏のユニットを開く。
IVは転倒の際、婦人を守って損傷していた。

「か、神代博士……!!」
「言ったはずだ。
今フォーマット中だとな」

神代凌牙。
Revolutionary sYstem fOr Genuine Adonisの設計、発明者。
IVの創造主である。



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