魚屋盗人事件

カイト…作家、凌牙…妖狐なパラレル


 近所の魚屋が物の怪に化かされて店の小魚を持っていかれる、と言う事件が近頃連日のように起きている。本屋の店主から聞いた話を、天城カイトは家の者たちに話した。学校でも話題になっていたと弟のハルトが眉を八の字にして心配そうな表情を見せたが、時期に犯人は捕まるだろうと言い聞かせて習い事に向かうその姿を見送る。『彼』を探さねばならなかった。

 カイトは着替えを済ませると彼の名を呼びながら辺りを探す。暫く屋内を見回していると、――何時からそうしていたのか分からないが――彼が縁側のところで丸くなっているのを発見する。真っ黒な体を規則正しい呼吸で小さく上下させていた。
「凌牙」
 カイトが少し声を大きくして名を呼び、抱き上げて膝に乗せると瞼の奥に潜んでいた蒼玉色の瞳が薄らと現れる。
「起きたか?もう一時を過ぎるぞ」
 頭を撫でてやればくあ、と欠伸をして真っ黒な毛皮を纏う体でゆっくり伸びをした。
「先ほど本屋に行ってきたのだが、店主から興味深い話を聞いた」
 自分の膝上から逃れ、眠気を覚ますように前足で顔を洗いながら瞬きしている凌牙に、カイトは先ほどの話を聞かせる。

 凌牙と呼ばれた彼は犬か猫と同じ様な仕草をしているものの、そのどちらでもない。美しい青い瞳の黒狐だった。カイトと幼い頃からの仲である凌牙は本人曰く『多分北の方』から此処に迷い込んできたという。
 世にも珍しい双子稲荷であった彼は「やはり自分には向いていない」という理由から片割れである白狐の妹に後を託して奉られてきた神社を離れ、この街に居着いたというわけだ。以来、道端で飢え死にしかけていたところを救ってくれたカイトと時を長らく共にしてきたのである。

 話を聞いているうちに寝ぼけていた頭も覚めてきたのだろう。カイトの話を聞き終えると、凌牙は寝起きということもあり機嫌を悪くした。
 ――俺は知らねぇぞ。
 と、むくれる凌牙の頭をカイトが撫でてやる。
「本当だな?」
 ――あんな不衛生な魚屋から盗人なんて、するもんか。
 確かに。今度の事件の被害に遭っている魚屋は、他と比べて少々商品が不衛生だし、その割に値段も高い。天城の家でもあの店を利用することはなかった。そんな場所でこの凌牙が本当に盗人を働くかと聞かれれば、少し悩んでしまう。
 ――それに、わざわざ盗人しなくても陸王と海王の酒場に行きゃあ魚一匹ぐらい分けてくれる。
「だが、先日の豆腐屋の事件と同一犯なのではないかという噂もあるぞ?」
 あの時ばかりはカイトも凌牙をどうしても信じられなかった。何せ豆腐屋から盗まれたのは『油揚げ』だったからだ。妖狐の好物である油揚げ。カイトが真っ先に疑ったのが凌牙だったのだ。結局、犯人は見つからぬまま豆腐屋の被害は収まったので、事件は今もなあなあにされたままである。
 ――あれだって、俺じゃなかったろうが。
 凌牙が更にむくれる。確かに豆腐屋の店主が見たという犯人は、白狐の面を付けた人物だったらしい。凌牙が黒狐である以上、彼は犯人ではないという結論に至ったのである。
「じゃあ誰だというんだ。油揚げや小魚のためだけに毎晩毎晩盗人を働く人間がいるとでも?」
 人間が犯人なのであれば一緒に店の売上金ぐらい持っていくだろう。が、盗まれたのは豆腐屋も魚屋も油揚げと小魚だけだ。
 ――馬鹿な奴。
「なんだと?」
 凌牙の言葉にカイトが眉を顰める。だが凌牙はどこ吹く風といった様子だ。捨ててやろうかこの性悪狐。
 ――俺じゃねぇなら?
「……どういうことだ」
 カイトは意味が分からず首を傾げた。馬鹿な奴だと再び呟いた凌牙がカイトの懐へ寄りかかると、瞬間、白い腕がカイトの首に絡められる。
「俺じゃねぇなら、"他の奴"なんじゃねぇの?」
 蒼玉の瞳をした妖艶な青年が、未だ首を傾げるカイトに口付けするとクククッと喉を鳴らした。



「凌牙、何処へ行くつもりだ?こっちは……」
 夜、というよりもう夜中だ。時計の針は既に長針と短針が揃って十二を指し過ぎている。共に就寝したはずの凌牙がごそごそと起き出して出掛ける支度を始めたものだから、慌ててカイトもそれに付いてきたのだ。さっさと先を歩く凌牙の後を追いながら尋ねると、振り向きもせずに凌牙は答える。
「例の魚屋に行った後、ミザエルの家に」
「ミザエルだと?」
 カイトはその名を聞いてあからさまに表情を歪めた。
 ミザエルはカイトと同じ学校に通っていた腐れ縁の男だ。二人は成績は優秀だし容姿も端麗でスポーツも出来たために大変モテたが、揃ってプライドが高く、仲が悪いことでも当時は有名だった。現在は刑事として働いているが、面倒が起こる度にやっかいになっているので、何故か交流が続いている。
 しかし、何故彼の名前がでてくるのか。
「よく教育しておけって、頼まなきゃいけないだろ」
 コロコロと鈴の音のような声で笑う凌牙が、ぴたりと足を止める。そしてカイトの手を引くと八百屋と米屋の間にある路地へ体を滑らせた。斜め前に例の魚屋が見える。凌牙は静かに、と指示するように指でカイトの唇に触れた。口元には怪しい笑みを浮かべている。
 魚屋の主人が売れ残った小魚を処分するために店に灯りを点けた。どうやらあちらから、二人の姿は見えないらしい。
 店主の男はプレイボーイなことで有名な男だった。カイトがいない時に人間の姿で街を散策していた凌牙を口説いてきたこともあるし、大学教授の息子であるミハエルも何度か口説かれているのを見たことがある。今度の事件も実際のところ、最初は良い気味だとすらカイトは思っていたのだが、こうも続いては。
 そんなことを考えているうちに「ひぃっ」と悲鳴が上がった。魚屋を見やると店主が何かに腰を抜かして後ずさっている。カイトがわずかに身を乗り出してみるとーー何かの面が、そこにふわりふわりと浮いていた。

 ――魚屋、その魚を寄越せ。

 人の声ではない。凌牙が本来の姿である時の声によく似た響きをしている。当の凌牙はやっぱりか、と言いたげな呆れ顔をしていた。
 魚屋の店主は悲鳴を上げて店内へ逃げて行ってしまった。
「一体何なんだ?」
 尋ねようとカイトが凌牙を見ると、彼はするりと路地を出ていき面の頭部を後ろからがしりと掴んだ。カイトは仰天する。
「な、何をしている凌牙!」
「こいつの顔、正面から見てみろよ」
 言われたとおり正面に回って面を見る。白、というよりは薄い灰色の狐面だ。銀狐という方が的確かもしれない。
「銀狐・・・・・・あ、」
「一ヶ月ぐらい前に、ここの店主にミザエルがしつこく口説かれてたんだ。――な?ベクター?」
 ボンッと白煙の中から銀狐が現れる。首に赤い宝石の付いた首輪をしていて、なるほど、とカイトが納得する。
 犯人はミザエルのところに住み着いた妖狐のベクターだったのだ。
 ――凌牙ッ、テメェ、放しやがれ!
 自分の首根っこを掴む凌牙に、ベクターが暴れるが彼は涼しい顔だ。
「悪戯好きの狐はご主人様からたっぷり説教してもらわねぇとな」
 ベクターの首を掴んだまま、凌牙がミザエル宅へとカラコロ下駄を鳴らす。
「(――魚屋はともかく、豆腐屋は確実に油揚げ目的だったようだからな)」
 カイトもそれに続いてギャンギャンと喚いているベクターを悪友の元へ届ける為に歩を進めた。

2013.7.2



この後、妖狐のベクターはミザエルから三時間たっぷり説教をくらいました。
もしかしたらシリーズ化するかもしれない。





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