紅き滅びは何を憂う


※ドン様はログアウトしました。



 誰かに呼ばれる声を聞いて、ベクターは目を覚ました。どうやら少々休んで次の行動に出るつもりが、すっかり寝入ってしまっていたらしい。姿勢悪く玉座に凭れていた身体を起こし、そこから広間を見渡してみる。そしてらしくもないことを考えた。――彼のことを。
「(……此処から)」
 自分にはまだ僅かに大きい玉座に座り直す。彼がしていたことを一つ一つ思い出して、手摺りを包むよう軽く握り、姿勢を正した。
 この世界に生じたばかりの頃、彼の膝に乗せてもらった時やいたずらで此処に上がった時に見た景色とはやはり違う。あの頃の彼と同じぐらいの出で立ちになった自分が見ているのは、彼が見ていたのと同じ視線からの世界だ。あの頃の自分には見えなかった広間の外の風景まで、しっかり見える。それがベクターには少しだけ嬉しいと感じられた。
「(此処から、いつも遠くを見ていた)」
 自分達を見て時折微笑みながら、それでもいつも何処か何かを憂うような目で遠くを眺めていた。いつだか、誰だったかが彼に尋ねていたことを思い出す。あれは確か、ドルベだ。
『君はいつも何を見ている。何を見て、何を憂いているんだ』
 彼は一言『すまない』と告げただけだった。それを聞いたドルベが『どういう意味だ』と悔しそうにしていたのを覚えている。あの時、小さな自分はその傍らでミザエルに抱き抱えられていたのだ。


「――ベクター」
 はた、と我に返る。彼かと一瞬期待をしたものの、見下ろすその場所にはミザエルが顔をしかめていた。期待に高ぶった気分が急速に下落する。
「貴様、そこで何をしている」
 二十三ある遺跡を虱潰しに探しているはずの彼だが、今回は成果を得られなかったらしい。ベクターは肩を竦めて、「考えごとだ」と適当な言葉を並べる。

 ベクターはミザエルのことを嫌っているわけでは決してない。一応同世界の仲間であるわけだし、生じたばかりの頃に一番世話になったのははっきり言ってミザエルなのだ。
 悪意の海に入って溺れかけた自分をものすごい必死の形相で救出し、うっかり目を離してアリトのデュエルに付き合っていた彼を説教三昧にしてくれたことだってある(ちなみに彼とのデュエルをしつこく強請ったらしいアリトは、その日銀河眼の餌になりかかったけれどギラグとメラグの必死の懇願により免れたとドルベから聞いている)。
 ベクターとしては、これでも多少は恩義を感じているつもりでいた。――大体裏目に出ているようだが。
「いない奴の才覚にも縋りたい気分で、ごっこ遊びの真っ最中だったんだよ。ちっとは良い案が浮かぶと思ってなぁ」
「先日は言い損ねたが、そこは貴様が安易に座って良い場所ではない」
「おいおい!!ドルベみてぇなこと言うなよ」
「……何だと?」
「テメェはアイツほど奴にご執着なわけでもねぇだろ」
 ミザエルは二の句が繋げず、生まれた沈黙はそれを肯定した。ニヤニヤとベクターが笑みを浮かべる。
「……貴様だ」
 それでも沈黙を破ったのはミザエルの方だった。
「ああ?」
「本当は貴様なのではないのか。彼に一番執着しているのは」
 今度はベクターが珍しく言葉に詰まった。そんなわけがない。あり得ない。アイツと一緒にするな。いくらでも言い訳はできただろう。
 しかし、彼は肯定の意味を含めて憎まれ口を叩いた。
「テメェのドルベに対する執着心ほど強くねぇがな」
「貴様ッ……!!」
 カッと赤く光ったミザエルの眼に「怖い怖い」とおどけながらベクターが笑う。
 玉座から立ち上がり、ミザエルの近くへとワープする。そうして先ほどまで自分がいた場所を見上げた。
「知りてぇんだよ。俺もドルベも」
 ベクターが目を細めた。知っている。らしくない。
「奴がいつも何を見て、何を考えていたのか。ただ、それが知りてぇのさ」
「お前……」
「ま、そんでついでにあそこに戻ってくれりゃ言うことねぇけどよ。その前に世界が壊れちゃどうにもなんねぇからな」
 異次元に繋がる道が開かれた。吸い込まれるようにして、ベクターはその場を後にする。ミザエルだけがその場に残された。
 崩壊が迫る赤い世界を眺めながら、ミザエルは行く末を憂いて見つめる。

「――ミザエル。戻っていたのか」
 ベクターと入れ替わるようにして戻ってきたドルベがミザエルの隣に並んだ。嘗て自分が小さなベクターを抱き上げて、同じように彼やドルベと此処からの景色を眺めたことを思い出した。
「ドルベ」
「ベクターはどうした?」
「先ほど、お前と入れ違いに出て行った」
「そうだったか」
 納得したようにドルベが頷くのを横目に、着々と滅びに向かいつつある世界をミザエルは眺める。
「我らは、何処へ行く……」
 刹那、彼と同じものを見つめた気がした。


13.05.24


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コンセプトは『こんなベクターなら許した』
ドルベだけじゃなくてバリアン全体が基本的にナッシュ厨だったら可愛くてhshs。



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