簾越しの逢瀬


 簾の向こうで男がくすり、と笑うのを聞いて、凌牙はぼんやりとした思考を徐々にはっきりとさせていった。

――何処だ、此処。

「(……修学旅行の宿泊先のはず、なんだが)」
 どうしたって見回した風景がホテルの中だとは思えない。自分が泊まっているホテルの部屋は洋室だった。
 だが今はどうだろう。目を覚ました先の見慣れぬ風景は、平安の貴族でも住んでいそうな雰囲気だ。
「……ええと」
「月明かりが雲で隠れたと思えば……どうやら人の姿を模して降りてきたようだ」
 くすくすと笑う青年は簾という境界線があるからなのか、顔が見えない。少なくとも凌牙よりは年上のようで……多分、Xと同じかそれより少し上といったところだろう。
 思考ははっきりしたが、意味も分からぬ場所にいるという事態が凌牙を混乱させていた。何から尋ねたものか、と。
「天上は余程退屈だったとお見受けする。私も今宵の宴に飽いてしまって……よければこの夜桜を共に」
「桜?」
 庭に目をやると、花弁が宙に舞っているのが仄かな灯のおかげで簾越しでも分かる。桜の名所にでも行かなければ、こんな風景はハートランドシティの近郊では見られない。
「(ってことは……やっぱり違う場所、だな)」
「さて――貴方のことはなんと呼んだものか……」
 ふと、青年が考え込むように顎に手をやった。そうだ、と凌牙が閃く。彼の名前を聞けば、此処が何処なのか分かるかもしれない。
「お前の、名前は?」
「ははっ……せっかちはいけない。逢瀬に名乗り合うは、夜半の楽しみ」
「なっ…!」
「菖浦によく似た髪の色……では紫の君とでもお呼びしようか」
「っ……紫、って天皇の一族とか高貴な奴のための色だろ」
「そう。身分の高い方々を表す色だ」
 青年が桜の花弁が舞う宙へ手を伸ばした。 その声は「身分などさして興味がない」と言うようにあっさりと返される。
「良いのかよ」
「確かに院も帝も神の血を引く方だが……天上に住まわれる貴方には適わない」
「はあ」
――かぐや姫かなんかだと思ってんのか。
 凌牙が内心溜め息を吐いた。
「――!」
 雲に隠れた月が顔を出したのか、簾越しの青年の顔が先ほどよりはっきりと見える。あれは…そういえばこの声も、
「お前……っ!?」
 途端に目の前が白く染まり、凌牙はふつりと意識を飛ばした。
「紫の君?」
 後には青年だけが残され、先ほどまで簾越しにいたはずの凌牙は姿を消している。立ち上がった青年は残念そうに肩を落とした。
「……行ってしまったか」



「――で?」
「それだけだ」
「貴様……それでどうして旅先に俺を呼び出す理由になる」
 呆れ顔のカイトが頬杖をつきながら自由行動の凌牙と並んで座り、和菓子を口にする。当の凌牙は不貞腐れたような顔をしていたが、暫くするとぽつり、と呟いた。
「――かお」
「ん?」
「顔が…見たく、なった」
「……?顔も声も、Dゲイザーでなんとかなったろう」
 小首を傾げたカイトに、耳まで真っ赤になった凌牙が「悪いか!!」と怒り出すまで、あと数分。

(あの男がお前に似てたから、なんて)
(言ってやらない。会いたくなったなんて)



20120619

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カイトにそっくりな青年貴族には、多分凌牙そっくりな正妻がいるはず。




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