harbour


 開けた窓から入ってきた風には秋を感じる。しかし日差しは心地よく、Wは目を細めた。
「おはよう。今日は少し温かくなりそうだぜ」
 そうしてベッドに横たわる彼に声をかける。枕に散らばるアイリスの色が僅かに動いたのを見て安堵の溜め息を吐くのは、最早日課だ。――生きている。
「気分転換に外、出てみるか?庭のコスモスが綺麗だぞ」
 薄く開かれた瞼に僅かに見えている青が頷いたような気がした。Wは「よし」と彼の頭を撫でて車椅子をベッドの側まで運び、抱き上げるとそれに乗せてやった。風邪を引かないようにアイボリーのカーディガンを羽織らせて、膝掛けも掛けてやる。
 不慣れの車椅子の操作には未だに悪戦苦闘しているWだが、それでも最初の頃よりはずっとスムーズになった。段差の移動で凌牙を不快にさせることも少なくなったし、いつぶつけたのか分からない原因不明の青アザの数も減っている。
「……ん?」
 ふと、彼の視線が一点に注がれている――見分けるのはものすごく難しいが――ことに気がつく。玄関先に置いてある、昨日花屋から特別に貰い受けた鉢植えだ。
「ああ、昨日貰った。花が咲くのは2、3年待たなきゃなんねぇけどな」
 花の名前はまだ秘密。勿体振るようにはぐらかせば青い瞳がこちらを見て、ふっと柔らかくなる。
 やはり、とWが思った。やはり彼には青が似合う。アイリスの青紫色をした髪には、海の青が映えるのだ。自分やあの九十九遊馬のような燃える戦いの赤ではなく、癒し抱擁する青が。……あの時の彼はWが知る彼とまるでかけ離れていた。

 車椅子を出来るだけゆっくり押して進める。Wの手は、此処に来てから車椅子のグリップを持つ代わりにカードを持つことを止めた。デッキは、彼のデッキと一緒に彼の妹に預けてきた。それは戻るまでデュエルはしないというWなりの誓いと、治るまで彼にデュエルをさせないという願掛けでもあった。
「……もうすぐ中3だなぁ、お前も」
 ゆっくり車椅子を押していく。季節外れにクロアゲハが目の前をユラユラと飛んでいった。深まっていく秋に、Wは冬の訪れと来訪者、そして此処を出ていく日が近いのだろうことを悟る。
「(やれやれ……此処のガーデンは気に入ってたんだがな)」
 引っ越し先は既に検討をつけている。此処よりもっと外界と隔たれた、目の前を海が広がる景色のコテージは、彼なら喜ぶだろう場所だ。……それが良いことか悪いことかは、分からない。
 良かろうと悪かろうと、自分は彼を――凌牙を見守るだけだとWはグリップを握り直した。

 コスモスが揺れる。クロアゲハはいつの間にか高く遠く飛んでいき、見えなくなった。


20120613

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harbour:避難所/隠れ場



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