Ixia


 裸足のまま砂浜ではしゃいで遊ぶハルトと、それにケタケタ笑いながら付き合ってくれているWのことを、カイトはコテージの窓から眺めていた。
 店並みに揃えられた様々な茶葉の中から選んで淹れた紅茶は木苺――紅茶好きなWがいるこの場所に訪れた時は、いつもは飲まないような少し変わったものに挑戦するのがカイトの中での決まり事だ――の香り。人数分のティーカップとミルクや砂糖、買ってきたケーキを用意すると、彼は遊ぶ彼らに「お茶の用意が出来たぞ」との声をかける。
 戻ってきた2人が手と砂のついた足を洗いに行ったのを見届けると、表に出たカイトはロッキングチェアに揺られながら潮風に身を任せるように瞼を閉じている彼の肩に触れた。
「凌牙、お茶にしよう」
 ハルトに接する時と同じような柔らかいカイトの声を聞いて、伏せられていた瞼から、宝石のような青い海の瞳が覗く。
「ケーキもある。――凌牙はショートケーキが好きだったな」
 ゆっくりと立ち上がった彼の手を引き中へ戻れば、ハルトが「僕、凌牙さんの隣が良いっ」と窓際の椅子に座った凌牙の隣の椅子にぴょんと登った。
 箱に入ったケーキをWが取り出すと、ハルトはフルーツタルトを前にして、嬉しそうに床につかない足をパタパタさせる。小さな子供らしい反応に、隣で凌牙が小さく僅かな――赤の他人が見れば分からないほどのものだ――笑みが浮かんだのを見て、カイトは些か驚いた。ここに来てから今まで、こんな表情は見せなかったというのに。
 Wを見る。凌牙に苺の乗ったショートケーキを取り分けていた彼は表面上はいつも通りだ。だが「お前、今日は苺だらけだな」とケタケタ笑うWの目には歓喜の色が見えた。


「驚いたろ」
 疲れたのか、夕食が終わってすぐに寝入ってしまったハルトを2階にある客室のベッドに寝かし付けて戻ると、カイトはキッチンで片付けをしていたWに一言そう尋ねられる。凌牙も既に自室で眠りについていた。
「ああ……驚いた」
「先週なんて食後に『美味しかった』だぜ。お前にも聞かせてやりたかったよ」
 服の袖を捲って皿を洗うWの隣に行き、カイトは濡れた食器を拭き始めた。ハートランドシティにいる友人達から見れば、異様な光景かもしれない。
「最初の頃はベッドに寝たきりだったな」
「此処で暮らし始めるまでは食事もろくにしてなかった」
 食器を拭く手を止めず、Wが紡ぐ言葉をカイトは聞いていた。
「窶れてくばっかで、朝起こしに行く度に『もし死んでたらどうすれば』って。――今思えば、よく毎日あんな心臓に悪い生活できてたもんだぜ」
「褒めてやろう」
「Thanks」
 やけに発音の良い礼の言葉が返ってきて、笑ってしまう。
 「島を買った」とWから聞かされた時には正直な話、遂におかしくなったかとカイトは思ったのだ。だがこの土地で自給自足に近い生活をするうちに、凌牙の状態は少しずつ、だが確実に回復していっている。――Wの決断は無駄ではなかった。
「此処に来て、間違いではなかったということだ」
「……正しいとも言い切れねぇけどな」
「そうかもしれん。だが」
 Wは洗い物を終えると、ついでにシンクを磨き始めた。
「凌牙を貴様に託したのは、正しい決断だったと思っている」
「……そうかよ」
 シンクが磨き終えられた頃、カイトも最後の食器を拭き終えた。


20120608

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イキシア(別名:槍水仙)
花言葉は『秘めた恋』



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