青薔薇のレディ


「はい、どうぞ」
 着飾った女性陣に囲まれて「次は貴女かな?」なんて笑顔を浮かべる外面モードのWを尻目に、凌牙は溜め息を吐いた。パーティー会場で女物のドレスと、ヒールの高い靴……それらを纏う自分に。


 デュエリストが集まるパーティーに招待されたらしいWが、真っ青の美しいドレスを片手に凌牙の自宅までやって来たのが夕べの出来事。話を聞くに、どうやらパーティーにはパートナーとなる女性を同伴しなければならないのだと言う。同じくパーティーに参加する知人に何人か名の知れた業界人の女性を紹介されたらしいが、Wはそれらを全て断ってしまったらしい。
『ふーん……それで?どうすんだよ明日』
『何も言わずにこれを着てくれ』
 差し出されたドレスに、勃発した喧嘩。当然と言えば当然であるのだが、Wは半日かけて漸く凌牙を説得(「お前は俺が他の女とダンス踊ってメディアに『熱愛発覚!』なんて騒がれても良いのか!」と泣き落とされた――正直どうでも良かったのだが、あんまり必死だったので折れた)して、結局彼を美しい女性に仕立てあげることに成功し、現在に至るわけである。
「(今思えばV引っ張ってこれば良かったんじゃねぇのか)」
 溜め息を吐きながら、凌牙はWの弟である桃色の髪をした少年のことを思い浮かべる。少女のような外見の彼ならば、余程のことがない限りバレることはきっとない。自分とは逆に、赤などの暖色系のドレスがよく似合ったことだろう。
 胸元に付けられた薔薇のコサージュに触れる。ドレスの随所にあしらわれている青薔薇とは違い、これだけは深紅のものだ。ドレスを探した時に、気に入って別に買ってきたのだという。
 また溜め息を吐く。今日は気を抜けば何度でも吐いてしまうような気がした。

「お連れ様はお忙しいようですね」
 「ずっとお一人でいらっしゃる」と男に声をかけられて凌牙は振り向く。30代というところか、と凌牙は冷静に頭の中で考える。
「ええ、まあ」
「よろしければ一曲踊っていただけませんか?青薔薇のお嬢さん」
 作った女声の返答に、手を差し伸べられる。凌牙は悩んだ。社交界での礼儀作法、ダンスは幼少期から叩き込まれており、踊れないということはない。寧ろ妹と逆ポジションで踊って遊んでいたほどだ。得意分野であるといえる。――が、人との触れ合いをとてつもないほど苦手とする非社交的な凌牙にとって、この手の誘いは出来れば受けたくないものだった。
 助けを求められる相手は、女性の群れの中で外面モード。
 Wに対する芽生えかけた殺意をなんとか抑え込み、凌牙はこの局面をどう打破するか考えたが、良い手が見つからない。
「(チッ……)」
 諦めて男の手を取る。伝わる生暖かい体温に、身体の芯から冷えていったのが分かった。

「失礼」

 ぐい、と男と繋いだ手とは逆の腕を突然引っ張られる。ひんやりとした冷たいその体温には、覚えがあった。
「申し訳ない。彼女は私の連れなので」
 自分を抱き止めた黒い燕尾服の人物の顔を覗けば、思い浮かべたとおりの青年で。だが凌牙は何故此処にいるんだと顔をしかめた。
「いや、しかし彼女はWさんの……」
「私が彼に代理を依頼しました。彼女を連れてきてほしいと」
 では失礼します。男に頭を下げると、青年は凌牙の腰に手を回してエスコートする。


 エントランスに出て、凌牙は漸く青年の名を呼んだ。
「カイト、お前なんで」
「招待されたんだ。WDCで名が売れたらしい……至極面倒なことにな」
 嫌そうに顔を歪めるカイトに、そういえば自分の元にも招待状らしきものが届いた覚えがあることを凌牙は思い出した。パーティーなど興味がなかったので、直ぐ様廃棄したことも。
「……ドレス、似合っているぞ。とても魅力的な御息女だ」
「全くもって嬉しくねぇよ」
 いつもと違い、ふわりとした緩い巻き毛を作っている紫の髪にカイトの指が触れる。――彼は知らないのだ。会場に着いてすぐ、何人もの男達がWが連れている女の話をしていたのをカイトが聞いてきたことを。見つけた彼に、どれだけカイトが見惚れていたのかを。
「Wに頼んで正解だったようだ」
「頼んだって、」
「俺が胸元のコサージュを見つけたときに『それに似合うドレスを見立てておく』と言われてな。今回のことは奴に一任したんだ」
「何勝手に人の知らないところで話進めてんだ!?」
「ああ……秋風は冷えるな。中に戻ろう」
「聞いてんのかよ!!」
 中に戻ろうと踵を返したカイトに凌牙が追及すれば、カイトは何か小さく呟いた。凌牙が眉を寄せる。
「……誕生日、なんだ。見計らったように、丁度パーティーがあるということだったから」
 そっぽを向いたままのカイトの耳が赤い。照れているのか。
 誕生日、パーティー、ダンス。
「お前と踊りたか……っ!!」
 言い終わる前に肩を掴まれて背にあった柱に押さえ付けられる。
「……!?」
 そして唐突にキスをされた。――初めて、凌牙から。
 フォトンモードでのナンバーズハントを止めて暫く経つ。カイトの身体はそれまでの遅れを取り戻すかのように18歳に相応しい体格に成長し、凌牙とは随分身長も離れた。女物のヒールが高めの靴を穿いていても、僅かに届かない。
 凌牙はカイトの首に腕を回し、慣れない靴で僅かに背伸びをしていた。
「りょう…が?」
「……言えよ。何で言わねぇんだよ」
――ものすごく大事なことじゃねぇか。
 そのまま抱き付いてきた凌牙の腰に、目を丸くして呆然としていたカイトがゆっくりと手を回す。すまない、と呟けば「知らなかった」と拗ねた様子の声。
「誕生日なんて知らなかった」
「……お前には、言っていなかったな」
「Wの奴は知ってたんだろ?」
「言ったからな」
「俺だって知ってたら、ちゃんと準備ぐらいしたっつの」
「――いいや」
「1番素敵なものを貰った」と腰に回した腕の力を強くする。凌牙がカイトの頬に手を添えると、今度はどちらともなく再びキスをした。


「ほら、戻るぞ」
「凌牙?」
 甘い余韻に浸っていたカイトの腕を凌牙が急かすように引っ張って微笑んだ。
「踊るんだろ?俺と」


20120529


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 りょう様から頂きましたリクエスト「凌牙のデレ」を目標に書かせていただきました。パロディでもOKということでしたのでパロというか、とっても捏造と言うか…な感じで。これが私の意識して書いたデレの限界でした。
 ちなみにどうでも良いですが、カイトと凌牙の身長差は頭1つ分が理想です。

 りょう様、リクエストありがとうございました!



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