これでよい


とっても捏造注意



 人は自らを守るために、記憶を閉ざすことがあるという。自分が壊れてしまわないように。

――なにも覚えてないんだね

 金髪の仮面の少年に突き付けられた言葉に、それまで極悪非道の悪魔とも思っていた男が叫んだ否定の声と、今まで見たことのない奴の動揺の表情は真実としてそれを肯定していた。頭の中では木霊するようにそれが浮かんでは消えることを繰り返す。

――あの炎の中には、君もいたのに

 飛び出した外は既に暗く、いつもは人の行き交う場所も、今は野良猫すら通る気配はないほど不気味だ。俺以外は誰もいない。
そういえば靴も靴下も身に付けていなかった足は、やはりというか当然素足で。

――君を助けてくれた恩人なら、目の前にいるよ

 冷たい。歩く度に刃物が刺さるみたいだ。


――君の妹を助ける『ついで』に君を助けてくれた恩人は、

 痛い。息が詰まって、苦しい。まるで沖に打ち上げられた魚になったようだ。

――Wじゃないか

 膝から落ちるようにして、その場に崩れる。誰かから逃げるように隠れるように、見付からないように無意識で走って辿り着いたその場所は路地裏だった。
 こんなところに来ても意味はない。俺は所詮、誰かのついで、何かオマケみたいな存在だ。誰も俺を一番には思ってくれない。追ってなんかこない。だから隠れる必要なんて、ない。

 胸が痛い。息が上手く出来ない。これじゃあ生殺しだ。
 誰か…誰でも良いから誰か、誰か

「――おい」

誰か、

「貴様…神代凌牙だったな」
「お前、」

−−ナンバーズハンター。天城カイト。

「ナンバーズの気配を強く感じて来てみたが…こんなところで何をしてるんだ」
 俺は何もしていない。ただ走って、辿り着いたら此処だった。
「何も、していない」
「何故こんなところにいる?」
 朦朧とする俺の世界の中で、凛としたその声と灰色の瞳だけが妙にはっきりして聞こえる。心地よいと感じるほどに。
「分からない」
「何故泣いている」
 言われて初めて気がついた。泣いているのか。何故。
「寒いから」
「そんな格好だからだろう」
 素足で走ってきたからか、足は傷だらけだった。だが痛くない。俺が痛いのは、もっと
「いないんだ」
「何がだ」
 憎い奴は大切な妹を助けてくれた男だった。じゃあ俺が抱えてる憎しみは、誰にぶつけたら良い。
「誰もいない…一人で、寒いんだ」
「九十九遊馬はどうした。仲間だろう」
「遊馬…」
 分からない。遊馬はどうしているだろうか?俺がトロン達に拉致されてから、一度も顔を合わせていない。
 助けに来ては、くれなかった。きっと他に大切なことがあったんだろう。アストラルとかいう幽霊に何か起こったのかもしれない。
「来て、くれなかった」
「………」

 息が詰まる。一人ぼっちだ。

 暫く沈黙が流れた。カイトは立ち去ろうとしない…ああ、ナンバーズか。
「弟が病気で、ナンバーズが必要なんだってな」
「何故知っている」
「前に遊馬がぼやいてた――俺のナンバーズ持ってけよ。大量にあるぜ」
「…なんだと?」

 トロンに言われた。俺はナンバーズの器だ。いくら生身でナンバーズを手にしたところで、憑依されても自我が無くなることも、人格は崩壊することもない。そう言って大量のナンバーズを俺に与えた。俺は自分がナンバーズ専用の、生きてるデッキケースみたいなものなんだと理解した。
 だが俺に、ナンバーズはもう必要ない。ならば必要とする人間に渡してしまうのが一番だろう。
「俺にナンバーズを渡すという意味が分かってるのか」
「ああ。魂ごと持ってけ」
 魂が奪われれば、寒くもない。痛みもなにも感じなくなるだろう。
「…………」
「自暴自棄になってるわけじゃねぇよ。これを必要としてる奴の役に立ちたい」
「死んでもか」
「救えるもんがあるなら」
 自分でも驚くぐらい自然に微笑んだ。どれくらいぶりだろう、こんな穏やかな気持ちで笑うのは。
 カイトは困惑した表情で、少し悩んでいるようだったが、暫くして俺の傍に歩み寄ってきた。
「――友人として普通に出逢っていたら…きっと俺はお前を好きになった」
「あ?」
「仲間のために闘える強い奴で…だが、極端に弱い部分もある。支えてやりたいと、きっと思った」
 そうして俺を抱き締めて、頭を撫でてくれる。
「俺を…好きに?」
「きっとなっただろう」
 ずっと冷たく寒かった何かが、自分を抱きしめる他の存在の温もりに溶けるようにして消えていく。
「お前と普通に…せめてもっと早く出逢いたかった」
 どちらともなく、互いの瞳を見つめながらキスを交わして



そこで俺の意識は切れた。

最期の記憶は、優しい灰色の瞳。


20120421





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