夏が逝く 2

 屋台の並ぶ道を、ハルトとカイトが歩いている。普段着のままの兄と手を繋ぐ深緑の着物を着た弟の姿は、それはそれは仲睦まじい。
 その一歩下がった位置――自分なりに考えた末にこうしたらしい――には、白い浴衣に金魚を泳がせた凌牙が、カランコロンと下駄の音を響かせている。
「(あいつらと鉢合わせたりしなければ良いけどな…)」
 適度に辺りを警戒しながら、歩を進める。何せ今の自分はハルトと色違いの風船を指に通して、手にはりんご飴なんか持っている。何より格好が格好だ。顔見知りと遭遇すれば、きっと驚愕され、笑われるだろう。プライドの高い凌牙にとって、それはあまりに屈辱的なことだった。
「(この人混みだし…目立たねぇよう、静かにしときゃ多分平気だろ)」
 静かに溜め息を吐く。慣れない下駄で、足が少しだけ疲れてきた。この人だかりも要因の1つだろう。だが始まったばかりの祭のメインイベントである花火の時間は、まだ先だ。
「(やれやれ…ん?)」
 もう1度溜め息を吐いて、顔を上げる。目の前の仲睦まじい兄弟が――
「――いねぇ…」
 つまるところ、凌牙は自分が『はぐれたらしい』ということに気が付くまで、そう時間を必要としなかった。


「おっちゃん、これムズいって!」
 カタヌキの屋台を通りかかると、カイトは聞きなれた大きな声を耳にして「やはり」と肩を落としかけた。
 そのまま無視しても良かったのだが…悲しいかな、一緒に来ていたのだろう幼馴染みの少女とピンクの髪の少年――Vによって「あれ、カイト?」と名指しで見つけられてしまう。
「カイト!来てたんだなっ」
「ああ」
 適当に挨拶を済ませて、カイトはVを見る。遊馬は未だしも、こんなところで会うとは、意外だ。
「貴様達、一緒に来てるのか?」
「いいや。僕はW兄様と一緒に来て、さっき遊馬達に会ったんだ」
「…Wが来てるのか」
「鉄夫くん達と、近くにある射撃の屋台で盛り上がってるよ」
 カイトは露骨に嫌な顔をした。ハルトのことでも凌牙のことでも、奴には良い思い出がない。というか未だに凌牙のことに関して、奴には勝てない気がするという意味合いの方が今では大きい気がするが。
 ――凌牙?
 振り返り、姿を確かめる。いなくなっていた。白い浴衣の(彼女にしか見えない)彼が。
「(しまった…)」
 カイトは絶望的な気持ちになる。はぐれてしまったのだ。
「カイト?どーしたんだよ」
「あ、ああ…いや、その」
「…兄さん。そういえば凌牙さん…いないよ?」
 ――ハルトォォォォ!!!!
「凌牙って…あ、シャーク?シャークも来てんのか?」
 ハルトの口から出た「凌牙」の名前により、不本意ながら遊馬達に知られてしまう。まあ仕方ない。
「はぐれたがな」
「はぁ!?はぐれたって…探さねぇと駄目じゃん!」
「待ちやがれ馬鹿」
 走り出しかけた自分を制止する声に、遊馬はピタリと動きを止める。
Wだ。片腕には巨大なクマのぬいぐるみを抱えていて、なんとも滑稽であるが。
「なんだよW。シャーク探しにいかねーと」
「そう野暮なことすんなって…お前とハルトの3人で『お出掛け』だってんなら、相当めかし込んでんじゃねぇのか?アイツ」
 ニヤニヤと笑みを浮かべるWに、カイトは苦虫を噛み潰した様な顔をする。
「…まあ」
「やっぱりな。それじゃあテメェにゃ見つけらんねぇ。大人しくしてんだな」
「だけどよぉ」
「会いたいなら花火の時にでも待ち合わせりゃ良い」
 説き伏せるWに負けた遊馬は「わかった」と肩を落とす。相当凌牙に会いたかったらしい。
「カイト。折角だし、凌牙見つけて暫く2人でデートしてこいよ」
「いや、だがハルトが」
「子守りぐらい任せろって――ハルト、お前カタヌキやったことあるか?」
 そうと決まればの勢いで、Wは「淋しいから暫く構ってくれよ」と話して、ハルトを笑顔で頷かせた。
「兄さん、僕みんなとここで待ってるよ」
「ああ。じゃあ探してくるから…W、頼むぞ」
「金魚泳がせてる白い浴衣の美人が、向こうにある食い物の屋台のとこで野郎共に絡まれてたぜ。早く行ってやんねぇと、ありゃヤバイかもなぁ?」
 ニヤニヤと笑うWに、カイトは「貴様…!」と憤慨したくなるのを抑え込む。この男、既に凌牙を見つけていた上に、あろうことか男に絡まれている場面を野放しにしてきたのだ!!





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