夏が逝く

ハルトもいるよ/花火大会/凌牙に女物の浴衣を着せたかった



「お前それは…」
 言ってしまいそうになった言葉をギリギリ飲み込んだ俺に、海を湛えた瞳は気まずそうに反らされた。
「かっ、母さんが!この着付け方しか、知らねぇって言うからっ…」
「そう、か。それは…仕方ない」
 結い上げられた髪に、いつもは隠された項が白く光って見える。
 まだ14なら、このままこれで通りそうだな…と良からぬことを考えそうになるのは、目の前ですっかり女性風に着付けられた浴衣を、全く違和感無く着こなす凌牙のせいで。なんとまぁ可愛らしく巾着まで装備されている。完璧だ。
 聞けば浴衣は妹のものらしく、息子が「友人と花火大会に行く」と聞き付けた母親が「花火大会といえば浴衣でしょう!」と、遠慮する凌牙を余所にして、あれよあれよという間に着付けてしまったのだという。
「(恐ろしく似合っているが…)」
 ハートランドで開かれる花火大会に一緒に行かないか、と彼を誘ったのは俺だ。凌牙がいれば、彼に懐いているハルトも喜ぶだろうと思ってのことだったのだが…まさか学校一の札付きと呼ばれる彼の、こんな珍しい姿が見られるとは。
「………」
「…なんだよ。やっぱり変だったか?」
「いや、その」
 だが女性風に着付けられた彼に、「似合っている」というのは些か問題ある褒め方だろう。機嫌を損ねるかもしれない。さてどうすべきかと悩んでいれば、トイレから戻ってきたハルトが凌牙を見つけるなり「わぁっ」と表情を明るくさせた。ハルトぐらい小さければ「可愛い」という感想も、凌牙は許してくれる――
「凌牙さん、すごく綺麗」
「あ、ああ…ありがとな。ハルト」
 その手があった。
 何故気の利いたことも言えないのだろう。自分の不器用さが憎い。
 既に泣き出したい俺を余所にして、「なにしてんだ。早く行こうぜ」と呆れ顔の凌牙とハルトは既に右手を繋いでいる。「これで顔見知りに会わなければ最高だな」という想いを脳裏に過らせて、俺は嬉しそうにしているハルトの左手を握った。



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