cake | ナノ



仕上げにひとふりの想いと愛情を



 柔らかなチョコレートの香りが、ダイニングキッチンの大部分を占めていた。手際良くチョコレートを刻むリズミカルな音と甘い香りに釣られたまるで蟻のようなショウは、アイナが立つキッチンにひょこりと顔を出した。


「ああああ何してるの馬鹿なの死ぬの!?」
「はあ?俺がわざわざ手伝ってやってんだからありがたく思えよ」
「ショウのは手伝いじゃなくて邪魔って言うの!」
「何お前喧嘩売ってんの」
「湯煎にかける時はお湯が入らないようにするんだよ基本でしょ馬鹿!ああもう何でそんなに作業が雑なの!固まらなくなるじゃん!ショウのばああああか!」
「人の話聞けよ。つーか馬鹿じゃねえよ黙れよ」


 お湯の混じってしまったボウルをショウの腕から取り上げて、まだ作業の序盤であるにもかかわらずアイナは疲れ切った表情を見せた。その様子を終始見ていた所か正に原因である筈のショウは、少したりとも反省の色は見せず不貞不貞しい態度を崩さない。アイナは涙を浮かせた大きな瞳で、自身の片割れを思い切り睨み付けた。憤りと悲しみが半々に現れたその視線に怯んだショウは、罰が悪そうに髪をくしゃりと乱しながらキッチンを後にした。


「…自分の片割れがあんな顔するなんて思わねえだろ、ばーか」


 明るい茶色をしたショウの髪が、北風に浚われて靡く。小さな呟きもそれらと同じように消えてしまった。ベランダから見える景色は幼い頃から何も変わっていなくて、ショウは胸奥でノスタルジーを感じていた。
 あんな風につんけんとした態度を取るつもりはなかった。すぐに謝ろうと思ったし、手伝いだってしっかりやろうと思っていたのだ。しかしショウの意に反して、素直になろうとしない心がいつだって彼の邪魔をするのである。今にも泣き出しそうなアイナの顔を思い出して、ショウはまた表情を暗くした。


「風邪引いても知らないよ、馬鹿ショウ」
「…余計なお世話だっての、馬鹿アイナ」
「あれっ雪降ってる」
「聞いちゃいねえ…。…お前、チョコはどうしたんだよ、作らねえの」
「材料が足りないから続きは明日にしたの。…はい、少し早いけどあげる」


 ずい、とアイナが手渡したのは、白い湯気を立てるマグカップだった。対照的な茶色いチョコレートが、カップの中で甘い香りを放っている。ショウは、実はまだアイナが怒っていて自分に嫌がらせしようと目論んでいるのではないかとも考えたが、そんな馬鹿馬鹿しい考えは今は要らないだろう。何故ならアイナはもう、いつも通りの騒がしくて優しいアイナだった。


「あのチョコ、もう固まらないからチョコレートドリンクにしたの。流石わたし!」
「……ごめん」
「はいはいもう気にしないのー。うじうじしちゃって、ショウらしくもない」


 一口啜れば広がる甘さに、ショウは普段への字をしている口元を緩ませた。ほんの少しだけ、誰にも気取られないくらいの小さな変化だった。アイナの小さな微笑みが覗く。温かくて甘いそれには、溢れてしまいそうな程の優しさと愛情が籠もっていた。








あとがき
たまには恋愛要素のないお話でも如何かしらと。



back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -