HRのチャイムが鳴り終わって放課後になった。担任が出て行った途端に教室一帯からざわざわと話し声で溢れかえる。喧騒を聞くとやっと今日一日の授業をこなしたことへの達成感が込み上げてくる(うるさいことこの上ないが)と同時に放課後のことを思うと疲れると予想できる反面、それを楽しみにしている自分がいて明らかな矛盾に笑ってしまいそうになった。まあいい。今日は部活がなくて暇だったし、彼女に付き合うのも嫌いじゃないしむしろ嬉しいことだから、いいさ。「涼野くーん!」あわただしくこちらへ走ってきた彼女に「遅い」と一喝すればあわあわしながら「ごごごめんねっ!」と眉を八の字に下げて謝ってきた。「別にいいよ、慣れた」もう一度ごめんね、という彼女は嬉しいのと申し訳ないと思う気持ちが一緒になったおもしろい顔をしていた。だから彼女は見ていて飽きない。つい、ふっ、と小さく笑いをこぼすと彼女は顔をほんのり頬を赤くして「は、早く行くよ!」と半ば叫ぶようにすたすた教室の扉まで歩いてしまった。小さくなる背中が私が来るのを待っているように思えて早足で彼女の元へ向かう。赤くなった顔がかわいかったなんて誰にも言えるはずがない。

彼女は本屋に用があるらしい。何でも愛読している小説の新刊が出たとかで、ついてきてほしいと頼まれた。多分よく本を読む私ならついてきてくれると思って抜擢してきたのだろう。よかった本が好きで。最近はあまり本を読んでいないからなにか買おうかとも思ったが、あいにく今日はあまりお金を持ってきていなかったと思い出し彼女の会計が終わるまで適当に本を眺めておくことにした。何分かうろうろしていると彼女は会計から戻ってきた。泣きそうな表情をしているオプションつきで。会計に一体何があったというのか。まあ店員の前でなにかやらかしてしまったのだろうと想像にやすかったが。

「店員の前でなにかしたのか?」
「す、涼野くんってエスパーだったのっ!?」
「顔にでてたんだ。で、なにしたの」
「…おつりまちがえた」
「は?」
「おつり渡されて、多いですよって店員さんに言ったらわたしの方がまちがってておつりぴったりで。50円玉が100円に見えちゃったんだ…。もう当分この店に来れないどうしよ!誰か殴るなりしてわたしの記憶消し去ってもう穴があったら入りたいい!」
「……今時こんなやつがいるなんて」






本屋を出る頃にはすっかり空も赤く色づいて隅の方は紺色に染まりきっていた。時計の針はもう5時を指している。あんまりにも落ち込む彼女がかわいそうだから販売機で120円のオレンジジュースを奢ってやった。最初断っていた彼女も私がオレンジジュースを飲まないのを知っているし買った後だったので最終的に折れた。小さい掌に冷たい缶を落とすと彼女はぱちぱちと数回瞬きをし、「ありがとう涼野くん!」と花が咲いたような笑顔を私に向けてきた。…あ、胸がしめつけられた。しかもバクバクと心臓の鼓動がうるさい。どうであれ、やっぱり私は彼女の笑顔が好きなんだとぼんやりと再認識した。こんなドジのどこがいいのだろう?自分自信に聞いてみても明確な答えなんて返ってくるはずもない。
私は彼女が好きだ。こんな気持ちになったのが初めてだから確証は持てないが、きっと好きだと思う。よく耳にする“恋愛症状”と激しく合致しているし(相手を見るとドキドキするだの自分以外の異性といるとイライラするだの)なにより彼女といるのは居心地がいいから。だから、好きなんだろう。センチメンタルで弱々しい彼女に鬱陶しいとか煩わしいという感情しか抱いていたのがまるで嘘みたいに、今は彼女が起こす一つ一つのアクションに過剰に反応してしまう。自分が相手に躍らされてるなんて最悪な気分だが彼女だとそれもいいなんて考えてしまうのはもう末期の症状に侵されてるからにちがいない。

「おいしい」
「そうか」
「わたしオレンジジュース好きだから」
「…そうか」

その好きが私に向いていればいいのに。ありえないけど。この関係がもどかしい。さして私は親友どまりなんだろう。嫌だ。このなまぬるい関係が、嫌だ。嫌なら変えてしまえばいい、そんな関係が嫌ならば感情を爆発させて好きだと告げればいい。ああ変えてしまいたいさ叫んでしまいたい。

だけどもし断られたら?

この関係すら戻れなくなってしまって目の前の大好きな人は他の男を好きになって幸せになる。最も考えたくない可能性。もしそんなことにでもなってしまえば私は放心状態にでもなって部屋へ引き篭ったりするのだろうか。臆病な自分に腹が立つが恐怖も同じぐらいに隣合ってる。どうしてこうネガティブ思考になってしまうのか。恋愛なんて、辛いだけだ。

「す、涼野くんさ、」

目線だけこちらへ合わせている彼女はうー、やらあー、やら呟きながらいろんな方向へ頭を揺らしている。…大丈夫なのか。見ず知らずの他人が見たのなら確実に変人扱いをうけていることだろう。何回か不可解な行動を繰り返したあと意を決したのか、目線だけじゃなくて顔も私へ合わせてきた。目尻を上げて若干睨んでいるようにも見える表情に少し気圧される。

「日曜日さ、あ、開いてる?」
「あ、開いてるが」
「じゃあでで、出かけない?!」
「ええっ」
「今日本屋ついてきてくれたし普段からお世話になってるからお礼がしたいと思って!それで、」

しどろもどろに必至に言葉を発している彼女に私はぽかんとするしかなくて。

「迷惑ならぜんぜん断っていいから!だから、その…」

しまいには目に透明な膜を表面にはってしまっている始末。私は今それはもう飛び上がってしまいそうになるくらいに嬉しいし、誰よりも幸せ者であると断言できるのだけど、彼女の前で喜びを出してしまってはプライドとか涼野風介としての人格が疑われかねないので冷静を装う。前髪の中に手をすりこませて小さく深呼吸。「に、日曜は特に用事ないし、付き合ってやらないこともない」はあ、あまのじゃくな自分が本当に嫌になるのだけど、彼女が頬をおもいっきり緩めて笑っているから自己嫌悪も消え去ってしまった。恋愛はやっぱり辛いものだけど、でも彼女を好きになって良かったと体も心も、どの私も認めている。我ながら現金なやつだ。さて、日曜にどんな服を着ていくのか最重要課題となってしまった、どうしよう。そういえば彼女の私服なんて始めて見るんじゃないか。……やばいにやける。



なきむしかわいいこ / 涼野風介
雛さまへ提出。
101003
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