電気を消そうと伸ばした手は、彼の手によって、壁に貼り付けられてしまう。終われないキスの合間をやわらかい糸で縫い詰めて、そのまま十本の指は蔦のように絡み合い、もう、離れようとはしない。切なげな温度を持つ吐息があらわな首元にかかって、私の身体には、微弱な電流に似た衝撃が走る。

「しゅう、や、電気消して」
「……ああ」

 しぶしぶといったように蛍光灯の明かりを消したその腕で、彼は、私をふわりと抱き上げてしまう。この前触れたときよりも心なしか厚くなった胸に寄り掛かり、あたたかい体温に甘えたまま大人しくしていると、数秒後、部屋の隅にあるベッドに降ろされる。

 ぎゅうと抱き締められるけれど、暗闇にまだ慣れない目ではどこに何があるのか良く分からず、ちゃんと認識できるのは、お互いの体温と腕と指と息だけだった。

「何も見えないな」

 困ったような修也の声には敵わず、探り探り伸ばした手でサイドテーブルの上の間接照明を点ける。途端、おぼろげなオレンジ色の陰影で、ふたりの人間が照らされる。薄暗い寝室のベッドの上で、今まさに心ゆくままお互いに傾倒しようとしている、ふたり。喉が鳴った。

「これぐらい明るいぐらいが、ちょうどいいよね」
「俺はもっと明るくても構わないけどな」
「……それは、駄目」

 至って真剣な目でサラリと言われてしまい、私は呆れ笑いをする。男の人にしては肌理が細かい頬に手を伸ばすと、急に、キスが降って来る。数秒前にほのぼのとした会話を作り出していたのと同じ唇が結んだキスとは思えないくらい、鋭く、貪るような、ものを。

 うっすらと目を開ければ、目前に迫る長い睫毛とご対面してしまい、条件反射で天井へと視線を移そうとしたのだけれど、頬に影を形どる睫毛があまりにも綺麗で、見惚れた。こんなにも綺麗なひとが私に圧し掛かり、私を食べようとしている。その事実が全力で幸せでしょうがなくて、もっと欲しい、と、薄っすらと口を開けて舌を触れ合わせた。

「ん、んっ」

 口内に残るふたりの唾液を飲み干して。キスが終わると、頬から首筋、首筋から鎖骨へと、修也の唇と舌は、順序を追りながら私の身体を下降していく。胸元まで捲れ上がったカットソーの下をしっとりとした手が伝っていき、身体がぞくぞくと震え上がる。必然的に生じる羞恥心と、そして、確かな期待。胸元への愛撫もそこそこに、広げられた脚の輪郭を指先でなぞられたとき、下腹部がずくりと疼いて、透明の液が下着を汚すのを感じた。

「もう少し、脚開いてくれるか」

 高鳴る熱を持て余していては断ることもできず、ほんの少しだけ、脚を開く。ふ、と、いつものような微笑みを浮かべたあと、彼は私のそこに顔を埋めた。

「や、っだ、だめ」

 聞こえ出した水音と、えも言われぬ快感がむしろ怖くて、彼の頭を手で抑えた。それは必死の抵抗というより強請る仕草のように見えて、自分の行動がひどく恥ずかしいものであると気付く。急いで手を胸元に戻すと、後ろに跳ねている修也の髪がふわりと揺れたのが本当に色っぽくて、目をしばたいた。

 普段は絶対にお目にかかれない、修也の上目使い。だけど、彼が、私の脚の間に顔を埋めているせいで、必然的にそんな状態になっている。絶対に赤く火照っている顔を、見られる。視線が、くっつく。逸らすことなど不可能だ。身体は最上級の呪縛をかけられたように動かない。囚われている。

 シーツの上で汗ばむ背中をようやく捩る。修也は再び水音を立て始める。小さな舌が私の内部器官でうごめく感触は、くすぐったくて、気持ち良くて、頭の芯がじんわりと熟れてくるのが分かる。転がっていた枕に縋り、声を殺そうと必死になって頑張るのだけれど、この声帯は、「あ」だの「や」だの「ん」だのと、言葉というより音に近い振動を漏らしてしまう。段々と早まってゆく鼓動と比例して、理性のジェンガは崩れ落ちていく。その最後のひとつが、ゴトン、と落ちて、私の喉の奥からは高い声が発せられた。

「……は、あ」

 気を失わなかったのが奇跡と言えちゃうくらいの、快感だった。心地良い弛緩のあと、切れた息を整えながら、肌の表面を薄っすらと覆う汗の感触に酔う。覚束ない動きで目に映した修也は、私を跨ぐようにして起き上がっており、そっと唇を触れ合わせてくる。鳥たちが挨拶で交わすようなキスが可愛らしくて、知らず知らずのうちに口角が上がる。穏やかに凪いだ気持ちを感じていると、耳元で、ひどく甘い誘惑が舞った。

「良い、か?」

 まっすぐに情欲を紡ぐ、その目を、どうしてないがしろに出来るだろう。そんな修也は、まるで初めて会った大人の男の人のように見えるのに、何年も何十年も連れ添った、私のつがいのようにも思える。この人だ、私が欲しいのはこの人だ。そして、彼が欲しいのは私なのだ。
 身も心も焼かれるような思いで頷いて、広くたくましい背中に腕を回し抱き寄せる。交り合いたい欲に負けて、喉が、ごくり、と鳴る。ぐっと開かれた脚。ためらうような仕草を見せたあと、しっかりと入り込んでくるそれが、あまりにも強い快楽と考えられないほど高い熱を伴いつつ、私たちを繋いでしまう。


 ゆらり動き出す腰と切なく塞ぎ合う唇の原動力も、私と彼の中で鳴り続けるこの美しい警笛も、きっと、紛れもない、本能。




2011/03/15
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