机上論で悪夢を謳おう
蝋燭の火が隙間風によって踊ると共に眼下の紙に記された文字も揺らめく。重い瞼を持ち上げながら思惑を巡らせる対象は、どうにもならなそうな明日の遠征。魔物の配下に甘んじようとも国に忠実な軍師という表皮に包まっているのだから貴族共の身勝手な要求には応えねばならない。視界を遮る前髪を耳にかけて舌を鳴らした。

ぼすん。

部屋に響いたのは舌打ちによって生み出された空気の破裂音ではなく、例えるならばそこそこ重量のある何かが寝具に受け止められたときのような、そんな音だった。発生源は間違いなく自身の前方。間仕切りを挟んでその先にあるのは自身の寝具。椅子を引けば、ギイ、と軽く石材を擦る音がたてられた。壁に立てかけていた片手剣を手にすれば、カシャリ、と金属がぶつかり合う音が奏でられた。それにつられるように心音もまた、大きくなる。

静寂の中、足音を殺すように踵を浮かせてゆっくりと歩を進める。自身の呼吸音が鼓膜に響く。──あと、3歩。

「んぅ…ふかふか…」

間違いなく何かがそこにいる。脳がそれを確信するより先に視界を遮る衝立をドルマで吹き飛ばした。部屋の外で使用人に扮して見張りをする魔物が俺を案ずる声をあげる。

「……問題ない。入るな」

月明かりに照らされた寝具の上に転がっているのは裸と見間違う程に申し訳程度の衣服を纏った女。こちらには背を向けている為、判断基準は男よりも細い身体の線のみ。空間転移呪文の類か?しかし、微弱な魔力さえ感じられない。先程の剣呑な物音に動じなかったのは恐怖か、傲慢か。……いや、自問したところで答えは見出せそうにない。

逃げられないように剣と女と俺とが一直線になるような位置取りで、女の喉すれすれのところに剣をたてれば布と羽毛とが裂ける感覚が手に伝わった。「おい」お前は一体、続けようとした言葉に被さったのは間の抜けた声。「あと、ごふん…」そのまま耳を塞いで女はこちらに寝返りをうつ。見たこともない髪留めで無造作に止められた前髪の下にある瞳は瞼で覆われていて、すぅすぅと規則正しい息遣いからわかることは只一つ。

「…ザメハ」

くあぁ。だらしのない欠伸を終えて女は目を見開いた。「……びまじょ、ぐんし…」「私をこの国の軍師と知っての謀反か?」催促するように首元に剣を番えても奇怪な女は不思議そうに首を捻るだけ。「ひ、」「…ひ?」「ひげ、髭生えてる!」そう言いながら勢いよく身体を起こした女の首には俺の剣が当ててあるのだから、ぐに、と。誰の意思とも関係無しに刃は肉を断った。

「PS4でも皆つるんつるんだからさー。気になってたんだよね、ずっと!あ、腋ってどうなって、る……あああああああ!!!しーぶい!CとVでCV!!ちょ、待って!待って私の夢ー!CV確かめるまでは起きないで私ー!!!櫻井さん?!櫻井さんだったらどうしようどうしようどうしよう!!ねえ、どうしよう?!?!」

肉を断った。気管を破壊した。話すことなど到底不可能になった、筈だった。いつもどおりならば。女の首と触れ合うのは俺の剣の丁度、腹。「………こういうところ、か」あいつに届かなかったのは。剣を鞘に戻して寝具に掛ける。戦わずとも自分と相手との力量差を推し量るのは得意だった。無意識のうちに相手が自分に及ばないことに胡座をかくようなことを英雄様は決してしないのだろう。手を伸ばした先はやはり、あのペンダントで、こんなにも俺は未だこれに縋ってい

「ごめんちょっと待って。シリアスな雰囲気醸し出しているところちょっとごめん。本当にごめん」
「………なんだ」
「この部屋めっちゃ寒くない???」

夢なんだからあったかくしてくれたっていいのにねえ。ほら見てよ。このメディキュット。夏用なの。涼しいタイプ。あ、暖炉ついてるじゃん。一度使ってみたかったんだよね。

爪先から太腿まで覆う布を指差したかと思えば靴を履いていない足でぺたぺたと部屋を歩き出す。剥き出しの肩や腰、ぴったりとした布に覆われた尻に喉が鳴るあたり俺もまだまだ人間の男のようだ。「これどうやるの?」当の本人があっけらかんと薪を手に振り返るから、毒気を抜かれてしまった。

「そのまま放り込め」
「へいよーかるでらっくす」
「へい…?何かの呪文か?」
「お、ぬくいぬくい。ホメぴもこっちおいでよ」

どうにでもなれ、と。行儀が悪いと思いつつも直に床に座れば布越しにひんやりとした感覚が襲ってきた。「ホメぴ今何歳よ?」「…35だ」「んじゃあ原作前かあ」「原作?」「そうそう」「原作とは何のことだ」「えっとねえ、あっづう?!」女にしては品のない悲鳴と共に床に薪が転がった。「火傷か?」「私の手、燃えた…?」見せてみろ、と庇っている方の掌を掴んでこちらに向けた。こう明かりに乏しくては、触診する他ないだろう。ぐにぐにと肉付きのいい手を軽く揉んでみても、人差し指が僅かに腫れているだけで大したことはない。

「跡も残らない程度だ」
「でもいたーい」
「生憎だが回復呪文は心得てない」
「ん、待てよ」
「どうした」
「痛い…?夢なのに痛い…?え、そんなことってある??」

グッと自身の親指を彼女の火傷を負った指を押し込めば、ひいっ、と情けない声をあげながら肩を跳ねさせた。「夢じゃあ、ないようだが」「……やだーホメロストリップ夢とか病むか死ぬしかないじゃないですか」「だから夢ではないと」「ああうんそうだね。これからよろしく相棒」諦めたような顔つきで深い溜息を落としてから彼女はまた口を開いた。

「王道は盗賊でしょうに」

デルカダール組だとしてもどう考えたってグレイグの方が安全ルートなんだよなあ。吐き出された言葉の意味がわからずとも、あいつの名前が含まれているだけで不愉快極まりない。もう一度人差し指に刺激を与えれば、返ってきたのは笑い声だった。