6月の花嫁は幸せになり得るか

テツナちゃんでアラサーパロ
高尾×テツナちゃん
ほぼ高尾の回想的独白



玄関に立て掛けられた傘は俺一人が使うには少し大きい。
それは実家から一人暮らしする家に持ってきた数少ない物の一つだ。
もう5年以上経っただろう。
あの頃、誰もが見過ごしてしまう程存在感の薄かった彼女を見付けられる事が自慢だった。
彼女と別れたのは高校を卒業するよりも前で、高校最後のWC、誠凜のベンチに彼女の姿はなかった。


「テッちゃん」


黒子テツナ。
30歳に満たない俺が歩いた人生で唯一愛した彼女。
照れ屋なのに、何処か天然が入ってて、普通は真顔で言えないような真っ直ぐな言葉も平気で言えちゃう子だった。
バスケが好きで、だから俺は彼女と知り合えた。
手を繋ぐのでさえ恥ずかしがる彼女が、雨の日だけは俺と同じ傘に入って腕を組むように寄り添って歩くから、その為だけに一人で使うには大きな傘を買った。
俺とテッちゃんの為だけの傘。
テッちゃんと別れた後、付き合った女の子とは一度だってその傘を使ったことはない。
思い出すのは、彼女と別れたあの日。
あの日も今日みたいに雨が降っていて、びしょ濡れになったテッちゃんが泣きそうに顔を歪めて、いや泣いてたのかもしれないけど、そんなテッちゃんが「別れてください」って言った。
勿論はい、そうですか。なんて納得出来なかったけど、最終的にはあの日俺達は別れたんだ。
俺は今でも、テッちゃんのあの表情の理由も何も知らない。
なんで、別れてなんて言い出したのかも。
ただただ、テッちゃんを引きずって、来るもの拒まず去るもの追わずで過ごしてきた。
俺にとっちゃ、テッちゃんじゃないってだけで、その他は全て同じだったから。


「高尾」


聞き慣れた声にぼんやりと見てた窓から視線を上げたら、真ちゃんがいた。


「真ちゃーん、不法侵入って言葉知ってる?」

「知っているのだよ。何度も呼び鈴は鳴らしたが出てこなかったお前が悪い」


あちゃー。
ご機嫌斜めどころか、臍曲がっちゃってんじゃん。
呼び鈴も聞こえない程に自分がぼんやりしてた事に少しばかり驚いた。


「今日は何の用で来たのー?真ちゃん」


口端を上げて、作り慣れた笑顔を顔に浮かべる。
と、眉間に皺を寄せた真ちゃんが手紙らしき封筒を俺に突き付ける。


「本当なら渡しに等来たくなかったのだよ。だが、それをアイツが望むなら叶えてやりたい。アイツから、お前に、だ」


真ちゃんの言うアイツが誰だかわかんない程、俺は馬鹿じゃない。
でも、信じられなかった。
泣きそうな顔をして、それでも、我を通して俺を捨てたテッちゃんから今更手紙だなんて、信じられなかった。
受け取った封筒には、俺が見慣れて愛しいと思う少し丸い女の子らしい丁寧な字で「高尾和成さま」と綴られていた。


「っ…」


彼女に繋がる小さなたった一つが手に入っただけなのに、俺は泣きそうだった。
急いで封筒から中身を取り出す。
それに目を通して、俺は勢いのまま、部屋を飛び出した。


『高尾くん
お元気でしょうか?
まだバスケは続けているのでしょうか?
もう、ぼくのことなんて忘れているのでしょうか?
それでいい。
その方がいいと、分かってはいますが、覚えていてくれたなら、嬉しいと思います。
本当ならこんな手紙が君の手に渡ることなどないのでしょう。
それでも、書き綴ってしまうのは、ぼくの弱さなのでしょう。
ねぇ高尾くん、覚えていますか?
あの頃、誰一人として自然にぼくを見付けられなかったのに、君はいとも簡単にぼくを見付けてくれました。
君にとっては些細なことだったかもしれませんが、ぼくにはそれがとてつもなく嬉しかったのです。』


些細なことじゃなかった。
俺の眼がテッちゃんを見付けられる。
それは俺にとって自慢だった。


『あの日、ぼくは病院である病気を告げられました。
それは、ただでさえ、存在感のないぼくを更に薄めるものでした。
ぼくはこれ以上君の迷惑になりたくなかった。
ぼくのわがままで君を傷付けたと気付いた時には、ぼくはもう君に会いに行くことも出来ませんでした。
それでも、何年経っても、』


自分ばかりが傷付いたフリをして、テッちゃんの傷を見ないフリをした。
泣きそうだったテッちゃんを抱きしめる事も出来なかった俺。


『まだ和成くんを好きだと思うのです。』


俺も、まだ。
走り込んだ病室は個室だった。
肩で息をする。
こんな全力疾走したの、高校以来だっつーの。


「俺もテッちゃんが好きだ」


口に手を当て、涙を必死に堪えるテッちゃんを抱きしめた。
今度こそ離さない。


「テツナ、結婚しよう」


さっきまで降っていた雨は上がって、窓の外には青空が広がっていた。



6月の花嫁は幸せになり得るか
(君が声なき声で「はい」と頷いた)
write by 99/2012/05/10





解説が必要になるものは書くなと自分に言ってやりたい気分です←
お付き合いは高一時分からで三年の梅雨頃に別れてます。
テツナちゃんは誠凜のマネージャーさん。
一応、再会したテツナちゃんは声が出ません。
失声症ではなく、声帯の問題で。
なので、このあとも声は出せません。
それを理解した上でプロポーズする高尾。
あ、WCでテツナちゃんが居なかったのは既に入院してたからです。
高尾と別れたの知って、皆付け込もうとしたけど、やっぱりムリだった的な感じです。
保護者的な立場で見守ってくれていた緑間に高尾に渡してもいいと思ったら渡してほしいと手紙を託したら、高尾さんプロポーズにきちゃった。
緑間はきっと鍵もかけずに飛び出した高尾の部屋で高尾の帰りを待ってくれてると思う!
だって、我が儘だけど律儀だと思うんだ、緑間って。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -