出逢い


六道骸にとって、マフィアは自分の人としての尊厳を奪った存在であり、イタリアーノは自分の女としての尊厳を奪った存在だった。
故に、彼女はマフィアもイタリアーノも大嫌いで憎しみさえ覚えていた。
しかし、彼女の尊厳の全てを奪った当人達は既に彼女の手によって葬られた後だった。
まだ復讐し足りないとばかりに、彼女は全てのマフィアを憎み、イタリアーノと知ればその人間を嫌った。
彼女に同情心と庇護欲を抱き遥々日本まで付いてきたランチアでさえ、彼女にとっては嫌うイタリアーノでしかなかった。
将来的にマフィア界のトップであるボンゴレを継ぐ事になるだろう沢田綱吉の守護者に選んだ彼の父親と対面した骸は、彼の中のイタリアーノ要素を感じ取り、眉を顰めた。
指輪は受け取るが、自分はイタリアの地下深く復讐者の牢獄にいる。
それを補う為に今自分が使っている凪の体があるのではあるが、骸は自分と同じ性を持つ凪に必要以上に甘く、過保護だった。


「ボンゴレの力でも復讐者は何とかなりませんか?」


直訳する必要もないが、彼女は暗に凪を巻き込まない為に自分を早く復讐者の牢獄から出せと告げていた。
奥に隠された言葉はあえて無視すれば、その言葉だけは柔らかな物言いに、家光は苦笑を浮かべる。
実のところ、彼女を牢獄から出す為に、門外顧問とボンゴレの連名で復讐者と交渉の真っ最中である。
それが確定するまで、家光は彼女にそのことを言うつもりはなかった。
理由など簡単だ。
復讐者に持ち込んだ交渉内容たる六道骸釈放の条件を骸が聞けば、一生を牢獄で過ごすハメになろうともそんな条件は呑むものかと言うだろうと予測したからに他ならない。
家光の中に流れる覚醒することのない血がそう告げていた…と家光自身は思いたかった。


「親方様」


簡素な部屋に外からかけられた声に何事かと骸は眉根を寄せる。
家光は自分の部下を振り向き、骸釈放の目処がついたことを確認した。


「六道骸、復讐者の牢獄から出れる」

「それはまぁ何を条件に?」


骸も裏社会で生きてきた女である。
何事にも交渉はつきものであり、自分が何もなしに解放されるなど有り得ないとわかっていた。


「ボンゴレと同盟関係にあるキャバッローネによる監視だ」


結局マフィアに関わるのかと、骸は溜め息を吐き出す。
家光の口から出た内容を全て消し去ってしまいたい衝動に駆られるが、既に決まってしまったことをどうこうできないと、骸はよく知っていた。
しかしながら、と、骸は思う。
マフィアとして半人前どころか、一般人の抜けきらないボンゴレ10代目候補沢田綱吉ならまだ骸は許せた。
彼はマフィアになるだろうが、骸が嫌うイタリアーノではないから。
沢田綱吉は日本生まれの日本育ちで、アルコバレーノによる教育の最中だとはいえ、イタリアーノにはいまだ程遠い。
だが、指定された監視役は生粋のイタリアーノである跳ね馬がボスをするキャバッローネ。
本人ともそのファミリーとも会ったことはない骸だったが、想像するだけで既に嫌悪感が露わとなり、鳥肌どころか吐き気を催してきていた。


「絶対なのですね」

「あぁ」

「そうですか」


諦めた顔をした骸の目はどこか遠い。
家光は少しばかりの危機感を感じながらも、彼女が指輪を受け取り、釈放の条件を諦めて呑んだことに安堵し、それを片隅に押しやった。


「自分の体に戻ります。凪を、いえクロームを頼みます」


家光に自身のアナグラムを与えた娘を任せ、骸は牢獄の水槽に浸かる自分の体へと戻った。
それを知ってか知らずか、恐らくは前者であろう、水槽の水が抜かれ始める。
水が無くなるにつれ重力を感じるが、筋力が衰えるほど長期間ではないとはいえ、水に冷えた体は力を入れることも叶わず、ただ繋がれた能力抑制の装置と鎖に身を任せる形となった。
水槽が開き、見えたのは暗い地下では感じることのできない眩い光のような金髪だった。


「はじめまして、だな。キャバッローネファミリーボス、ディーノだ。一応、ツナの兄弟子にあたる。よろしくな」


ニカリと笑ったディーノに、骸は苦笑を浮かべることも表情を引きつらせることも出来ず、装置が外され支えるもののなくなった体を預けることになった。
冷えた体では嫌だと振り払うことも叶わず、骸は内心舌打ちする。
濡れている骸にも構いもせずにディーノは骸をしっかりと抱き止め、自分の愛用する深草色のファーコートで包む。
その仕草は酷く優しく、まるで自分が壊れもののガラス細工にでもなったようだと骸は思う。
酷い扱いしか知らぬ骸にとって、ディーノの態度は未知なるものだった。


「さぁさっさとこっから出るぜ」


そう力がありそうに見えないディーノではあったが、軽々と骸を抱き上げて、復讐者の牢獄を後にした。








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